道北に自生する巨大植物「エゾニュウ」天塩町の居酒屋メニューにも。2024年ベスト記事

2024年「地方創生&多文化共生マガジン カラふる」で掲載した人気記事を厳選してお届けします。今回は、北海道天塩町に移住した三國秀美さんが見つけた巨大植物のレポートです。(初公開2024年7月23日、内容・データは掲載時のものです)

巨大植物エゾニュウは初夏の風物詩

エゾニュウとエゾカンゾウ
地面から花火があがるように大胆に咲く白いエゾニュウ。黄色いエゾカンゾウとともに

 春から夏にかけて、地元の住民とのおしゃべりでは山菜や野菜、そして植物の談義に花が咲きます。6月に入ると天塩町の町花であるハマナスが咲き、その実でジャムをつくり、エゾカンゾウは酢の物に、イタドリの葉は巻物に、など話はつきません。そのような会話のなかで「エゾニュウだけは食べられないよ」とつぶやく女性がいました。

 初めて聞く名前に「どんな花ですか?」と尋ねると「夏の初めにニョキニョキと大きくなるからすぐわかるわよ」とのこと。そういわれるとますます気になってしまいますが、だれに聞いても「ニョキニョキよ」としか返ってきません。ようやく初夏に出合ったエゾニュウは、つぼみからその大きさで私を驚かせてくれました。

エゾニュウのつぼみ
エゾニュウのつぼみ。白っぽいものもある

 見た目は完全に熱帯植物というのが、エゾニュウのつぼみの第一印象。直径は10cm超えで存在感があります。つぼみを包む苞葉(ほうよう)がシワをつくり、毒々しい外見です。

 エゾニュウは道北にかけての日本海沿いの国道、通称「オロロンライン」沿いでよく見られ、その開花前線は季節とともに北上していきます。道北暮らしに慣れた今では、天塩町から留萌市や札幌市に向かう国道沿いでエゾニュウを見かけると、「夏が来たんだな」と実感します。じつは北海道だけでなく、本州にも自生しているそう。

大きなものは3m近くになる

海岸線に生えるエゾニュウ
海岸線に生えるエゾニュウ。高さは2mを超える

 エゾニュウはセリ科シシウド属。同属の植物にはトウキがあり、こちらは漢方薬草として有名です。大きいものでは3m近くになるという多年草エゾニュウの白い花は、茎の先端にある袋のような苞葉から飛び出すように咲きます。私の印象では用水路近くの道端など、湿った土を好んで咲くようです。紫色の茎の直径は4~5cmにもなり、中は空洞で強じんな繊維が周りを取り囲みます。

 アイヌ語で「苦い草」という意味もあるらしく、乾燥させた花をハーブティにしてみましたが、まさに「苦い」のひと言につきました。おそらくもう二度と飲むことはないでしょう。

花火を思わせるようにポンポンと咲く花

エゾニュウの花
小さいながら5弁の花びらがくるりと丸まっている

 エゾニュウは花序(かじょ)という枝が50個程度あり、それぞれ30~40個ほどの花をつけます。よくよく見ないと花の形が分かりにくいのですが、花弁がくるりと丸まり、モヤシのようなおしべが花の真ん中から飛び出しています。

 そして意外なことに、セリ科にも関わらず花には特徴的な香りがありません。隣町の遠別町の養蜂家によると、「エゾニュウの蜜から採れたハチミツは、味に決め手がないんだよね」とのことで、葉や茎の香りの強さとは明らかな違いを感じました。

エゾニュウのメニューを提供する居酒屋も

エゾニュウのおにぎり
居酒屋「はまなす」では裏メニューでおにぎりを提供している

 エゾニュウは食べることができるのでしょうか。東北地方などでは塩蔵して冬に食べることも多いようですが、北海道のエゾニュウはかなり硬く、基本的に食用には向きません。そんななか、天塩町内の居酒屋「はなます」ではエゾニュウのメニューを提供しています。

 これまでさまざまな食材で新しいメニューを提供してきたオーナーの長山志津子さんがエゾニュウに挑戦したところ、「どうやっても食べられないの。あれこれ試してなんとか食用にできたのは、塩漬けした茎を塩抜きしたものだけ」とのこと。お店には一時期、「エゾニュウ・パスタ」のメニューもありましたが、現在はおにぎりなどの個別注文のみ。北海道でエゾニュウを味わえる貴重な場所です。

天然資源活用推進の一貫として町が注目

乾燥機にかけているエゾニュウ
エゾニュウの花などを乾燥機にかけ、利活用試作に乗りだす

 現在、天塩町役場農林水産課は廃材をはじめとする天然資源活用を積極的に推進しており、去年はトドマツのエッセンシャルオイルを試作。町内のさまざまな場所で香りの実証やアンケートを行い、事業化への支援を検討しています。

 そして今年はエゾニュウに着目。どの部分を使うか、そして乾燥や冷凍などどのような状態で試作するべきか。さまざまな条件を整えながら採取を始めました。

エゾニュウを採取する天草町役場の職員
地下茎は木化している部分もあり容易に掘り起こせない。根気よく作業を続ける職員

 天候不順の合間をぬって始まったエゾニュウ採取は、最初から難航。採取現場では泥まみれになりながら切り出し、袋詰めし、現場を移動するという地道な作業が続きます。協力隊として職員と一緒に作業するなかで、今しかできない試みを進めることが、北海道の短い夏の利用法だと実感しています。

大地に咲くエゾニュウ
苞葉が花器のような役割をしており、自然でありながら全体が美しい

<取材・文・写真/三國秀美>

【三國秀美(みくにひでみ)さん】
北海道札幌市生まれ。北海道大学卒。ITプランナー、書籍編集者、市場リサーチャーを経てデザイン・ジャーナリスト活動を行うかたわら、東洋医学に出会う。鍼灸等の国家資格を取得後、東京都内にて開業。のちに渡中し天津市内のホテル内SPAに在籍するも、コロナ感染症拡大にともない帰国。心機一転、地域おこし協力隊として夕日の町、北海道天塩町に移住。