北海道札幌市で生まれ石狩市で育ち、東京や中国・天津市でもさまざまなキャリアを積んだ後、2021年の暮れに北海道天塩町へ移住。現在は地域おこし協力隊として活動する三國秀美さんが、日々の暮らしを発信します。今回は隣町である幌延町から、秘境駅にある天然の湧き水をレポート。
地元の有志が管理する秘境駅の湧き水
1年間だけ、なにもしないで京極町に移住したい。中国で生活して、いやというほど飲み水の大切さを知ったときに、ぼんやりと考えていたことです。私が石狩市で暮らしていた頃、家族の行楽は、道内南西部にある虻田(あぶた)郡京極町の「ふきだし湧水」の採取でした。1日の湧水量約8万トンを誇り、環境庁の「名水百選」や北海道遺産にも選ばれている湧き水です。
当時の思い出を抱えながら、時を経て再び北海道の天塩町に移住。近所の人から「隣の幌延町に湧き水があるよ」と聞くと、びっくりされるほど大喜びしてしまいました。
地元住民にとっては当たり前にある感覚の湧き水。ですが、よく海外を訪れる身には、おいしい水を飲むことがいかにぜいたくな体験かがわかります。それを物語るのは、ミネラルウォーターの値段。パリの空港では、500mlのエビアンが400円を超えていました。
地元の有志により管理されている通称「下沼湧水」は、JR北海道宗谷本線、下沼駅の100mほど手前に位置します。この水は1954年頃から自噴しており、硬度37.4 mg/L の軟水。PH値は7.2と、フランスのアルプスから流れるエビアンと同じです。
ホースの先から勢いよく流れ続ける水。ポータブルのバスタブを横に置いて、ナチュラルミネラルウォーターのお風呂に入ることができたらどんなにぜいたくだろう、と水をくみながらいつも妄想をふくらませています。
湧き水前の道路を突き当たったところに下沼駅があります。約100年前の1926年に開業し、現在は幌延町が管理する無人駅。秘境駅として、夏はツーリストがよく撮影をしています。
下沼駅は幌延町が管理することで廃駅を逃れましたが、近隣の南幌延駅と雄信内駅、そして抜海駅はこの春に廃止が決定しました。地方の流通や観光を支えた歴史を守るのは難しいということを、あらためて実感させられます。
現在、毎日上下あわせて6本の列車がこの駅に止まります。初めて駅近くの踏切で遮断機が下りるのを見たのは、移住後3年目に稚内駅から幌延駅に向かう普通列車が通り過ぎるときでした。列車は無人で、夜9時を回り周囲が真っ暗だったこともあり、感動というよりちょっとおびえてしまいました。訪問先でそれを話すと、笑われたのはいうまでもありません。
冬のオロロンライン。天塩川、エゾシカと利尻山
天塩町から下沼駅へは、北海道中北部の日本海側を通るオロロンラインという道路を使いますが、冬季は風や降雪だけではなく、エゾシカにも注意が必要。バスですら、飛び込んでくるエゾシカを避けられないこともあり、アイスバーンのスリップに加え、動物との衝突に備えて慎重に運転しなければなりません。
とはいえ、冬の道北は真っ白な雪景色が美しく、白樺並木を抜ける道路はまさに白銀の世界。何度見ても飽きません。吹雪と晴れのギャップが大きい風景こそ、魅力のひとつといえます。
幌延町下沼の湧き水をくみ、利尻山がそびえる日本海を移動しながら、天塩町の温泉や豊富町の温泉で温まってはいかがでしょうか。さらに水をおいしく飲むことができる、おすすめのアクティビティです。
【三國秀美(みくにひでみ)さん】
北海道札幌市生まれ。北海道大学卒。ITプランナー、書籍編集者、市場リサーチャーを経てデザイン・ジャーナリスト活動を行うかたわら、東洋医学に出会う。鍼灸等の国家資格を取得後、東京都内にて開業。のちに渡中し天津市内のホテル内SPAに在籍するも、コロナ感染症拡大にともない帰国。心機一転、地域おこし協力隊として夕日の町、北海道天塩町に移住。