八ヶ岳の麓にある長野県原村にリタイア後移住した女性が、仲間と立ち上げた保育園を運営しています。設立のきっかけと自然のなかで行う保育の魅力を聞きました。
赤ちゃんを背負って作業するお母さんに出会い、保育園設立をスタート
八ヶ岳の西側、標高1000m付近にある長野県原村は、冷涼な気候と雄大な自然、首都圏からのアクセスのよさなどから近年、移住者が増えています。
東京で長年保育士をしていた橘田美千代さん(75歳)は、2020年にこの村にやってきました。「娘たちがここを気に入って、みんなで訪ねたらいっぺんで好きになってしまって。私たち夫婦とふたりの娘とその家族、3世代で引っ越してきたんですよ」。
「今でも毎朝感動する」という美しい景色の村内に家を建て、庭いじりをしてのんびり暮らそうとしていた橘田さん。ある日、村の八ケ岳中央農業実践大学校で、赤ちゃんを背負って作業する若いお母さんを目にします。
「移住者の彼女はまわりに親しい人がおらず、赤ちゃんをあずけることができないと。それを聞いてなんとかしなくちゃ! と思ったんです」という橘田さん。45年に渡る保育士のキャリアのなかでは、保育園の立ち上げに関わったこともありました。
調べてみると、移住者だけではなく、自営業者や農業従事者が多い原村では、0歳児(10か月未満)から預けられる保育所がなく、困っているお母さんが多数いることがわかります。
「保育士魂に火がついて」1年余りで保育園を立ち上げ
「保育士魂に火がついた」という橘田さんは、すぐに行動を開始。村内の知り合いに声をかけ、「原村に乳児保育園をつくりたいプロジェクト」を立ち上げました。近所には同じようにリタイアした保育士や若い保育士もいて、彼女たちの協力を得ながら、村内外の人の助けも借りつつ、クラウドファンディングを実施。わずか1年あまりで認可外保育園「八ヶ岳風の子保育園」をスタートします。
その後、「社会福祉法人織りなす」を設立し、2025年度には0歳から5歳児までの40名定員の保育園をつくる予定。移住者が増えている原村では、保育園のニーズも高まっています。そんな橘田さんの活動は多くの人の共感を呼び、2024年には「ニッポン移住者アワード」のグランプリを受賞しました。
「もう、保育士に戻るつもりはなくて、保育関係の本もすべて捨てて移住したのに」と笑う橘田さんですが、雄大な自然のなかでの保育はとても新鮮に感じるそう。
「東京でも子どもたちと毎日公園にお散歩に行っていましたが、ここでは自然のなかを1時間半かけてのんびり歩きます。その間、子どもたちは石や松ぼっくりを拾ったり、畑や道端で遊んだり。子どもが好きなことをたっぷりさせてあげられるのが、うれしいです」。この日も取材後に、子どもたちと元気に散歩に出かけていきました。
移住者を受け入れやすい雰囲気が原村の魅力
ニッポン移住者アワードの受賞について、橘田さんのがんばりが認められてうれしい、と笑顔で話してくれたのは村長の牛山貴広さん。「橘田さんは役場とも良好な関係を築いてくれています。原村を知ってもらえるきっかけになれば」と話します。
人口の1/3が移住者で毎年20人くらいが新たにやってくるこの村には、さまざまな経歴の人がいます。八ヶ岳の雄大な自然や美しい星空、おいしい水に交通アクセスのよさなどもありますが、移住者を長年受け入れてきた村の雰囲気も魅力のひとつ。
「無理な開発は進めず、自然環境を生かしながらこれからも移住者を受け入れたい」という牛山村長。将来、リニアモーターカーの駅が近隣にできることを見据えて、今後は二地域居住の推進にも取り組むそうです。
「ニッポン移住者アワード」
移住で理想的な暮らしを実現した人たちを表彰するコンテスト。選考は、地域創生や地方移住に知見のある識者で構成する選考委員会が担当。自己実現・家族の幸せ・地域貢献・コミュニティ活性化・事業立ち上げ・伝統継承・次世代育成など、さまざまな視点で審査を行い、グランプリほか各部門賞を選考します。同時に各自治体の取り組みも審査し、移住者や地域の方々にとって魅力的な移住促進施策を行っている自治体を表彰。移住者とその暮らしを支援する自治体双方を審査対象とします。フジサンケイグループの産経新聞社、ニッポン放送、BSフジ、扶桑社、ポニーキャニオンが主催。
<撮影/産経新聞社 文/カラふる編集部>