知名度は最低なのに住人の8割が移住者。東京の不思議な島、利島

東京は都会で狭くて人がたくさんいて…といったイメージを抱きがちが、じつは南の海に自然豊かな11の島しょをもっています。「東京宝島」と呼ばれるそれらの島々のなかで、もっともマイナーな島、利島(としま)を編集部員が訪問。初めて訪ねたこの島には、いろいろ不思議なこととおもしろいことが待っていました。

働き盛りの83.9%が島外からの移住、という驚きの島

「東京宝島」を訪れたことはありますか? 

 東京宝島とは東京都の11島のこと。メジャーな伊豆大島、三宅島、新島、八丈島のほか、島マニアや秘境マニアなら御蔵島や神津島、式根島に青ヶ島も行ってみたい。なにより、世界遺産の父島、母島も東京宝島!

 そんななかで、自他ともに認める知名度の低い島が「利島」です。

 利島は人口324人、面積も4.12平方キロメートル(東京ディズニーリゾートの約2倍)、集落はわずか1つ。人が住んでいるのは島の北斜だけ。砂浜もなく、島の周囲は断崖絶壁。基本的に1日1便の船も、波が立ったら着岸できずに引き返すことが少なくない。

 ことごとく不便な印象の利島ですが、20~40代のなんと83.9%が移住者! 働き世代の約8割が、島外からやってきた方々なのです。どうしてこんな不思議なことが起こるのでしょう?

利島 北斜面
人が住んでいるのは北斜面だけ。山の裏側はほぼ断崖絶壁

勢いで移住して13年。島の魅力とは?

 東京・竹芝桟橋から南へ約140kmの東京都利島村。高速船なら2時間半、飛行機とヘリコプターを使えば、調布飛行場から約45分という、東京からは伊豆大島に次いで近い、好立地の島です。

ヘリコプター
伊豆大島からは船のほかヘリコプターがあり、利島までのフライトは約10分

「なのに、東京宝島のなかで、知名度は最下位なんですよ~」と、話してくれたのは村役場職員の荻野了さん(41歳)。ご自身も移住者のひとりです。

 そんな荻野さんに、移住希望者が後を絶たない利島の魅力についてうかがいました。

 荻野さんは埼玉出身で、以前は都内の広告代理店に勤務していました。家族は奥さん(39歳)と6歳と0歳の2人の男の子。移住したのは13年前です。

「大学卒業後、広告代理店で働いていました。5年ほどで退職し、北海道や屋久島で1人旅をした際に、自然ガイドから動物や植物の話を聞いて、もっと自然を感じられる場所で生活したら楽しいかもなぁ~と漠然と考えたのです」

 そんなときに、たまたまハローワークで見つけたのが東京島しょ農業協同組合 利島店(JA利島)の求人でした。それまで利島へは一度も訪れたことがなく、履歴書を送って面接で初めて行ったのだそう。

海
太陽が照っているときの桟橋の海は、吸い込まれそうなほどきれい
青空
雨上がりの空の青も深く、夜になると息を飲むほどの星空が広がる

 そして、荻野さんはJA利島の臨時職員に採用され、のちに村役場職員になりました。

「最初は、単純に“東京に300人しか住んでいない島があったのか!”ということに興味がわいて、勢いだけで移住した感じです。あとはまったく知らない人だらけのところに飛び込んで、自分が暮らしていけるかどうか、という点にも興味もありました」 

 島暮らしの理想を描いていなかったので、移住当初でもギャップはなかったそう。なにがあっても、「あぁ利島ではこうなんだなぁ」「やっぱりお酒が好きな人が多いなぁ」と、わりと素直に受け入れました。

集落
集落は1つしかなく、歩いている人に会うことも少ない

 魅力のひとつは、さまざまな職業の人と知り合うことができ、親しくなるのが早いこと。

「知らない人はいませんよ。みんなどこの家の子どもかも知っています。人口の少ない小さな島ならではです。昨年、子どもが生まれたときには、島のたくさんの方からお祝いしていただきました。昔からそういう風習があるようです。子どもは島の宝というように感じました」

 とかく、不便さを強調されがちな離島暮らしですが、荻野さん曰く、マイナスな点はないそう。
「海や山で採れる自然の恵みのすばらしさや、台風や冬の西風など自然の厳しさと共に生活できることは、とても気に入っています。知名度の低い島なので、都心に行ったときに初対面の方との会話で、話題に事欠くことはないこともいい点だと思います」

玉石
黒潮にもまれて丸くなった玉石が、村の石垣や神社の階段に使われている

移住者に人気なのに、なぜ知名度が低い?

 令和2年1月1日の統計では、176世帯、大人は261人、中学生以下の子どもは63人(高校がないので、島を出た高校生は島民ではありません)。世帯の半数がIターンで、20~40代は124人中104人が移住。そして、若い世代の移住希望が後を絶たない。なのに、なぜ知名度が低い…。これも利島の不思議のひとつ。

 利島は縄文時代から人が住んでいました。昔から信心深く、山の神様が祭られている神社が多数あり、人口に対して神社の割合が日本一多い村と言われています。そして、その山には、たくさんの椿が植えられています。山の80%が椿の畑。稲作ができないため、江戸時代は、お米の代わりに椿油で年貢を収めていたそうです。

神社
東京都指定史跡の下上神社境域。静かな山の中にあり、階段を上った奥に祠がある

 現在も、利島は椿油産業が柱のひとつになっていて、観光に頼らない島。その生産量は、日本一なのだそう(最近は2位のことも)。観光の島ではないので、観光客にアピールする必要がない、それが知名度の低い理由です。

椿
冬の間、藪椿の赤い花が島中に咲いている

 そして、移住者に人気な理由は、椿油に関連する仕事があるからです。島で働いて生活ができるなら、伸び伸びと生活できる環境で暮らしたい、そう考えて移住する人が多いのかもしれません。

島の人々
椿産業に従事する方々。右端が、荻野さん。椿農家のシンバさん(中央)は大島出身、ほかの方々は関東出身

 移住者を快く受け入れる風土があり、働ける環境があることは、移住先の理想です。それを実現している利島は、日本にある約420の有人島の中でも、稀有な島といえるでしょう。

●東京都利島村ホームページ http://www.toshimamura.org/

●東京島しょ農業協同組合 利島店(JA利島)https://ja-toshima.jp/

<撮影/小塩真一 取材・文/カラふる編集部>