高齢化が進む漁村で古本屋。元外資アパレルの女性が起業しました

[移住コンシェルジュ・尾鷲市漁村の田舎暮らし/第5回目]

三重県南部の海沿いの町、尾鷲市に地域おこし協力隊として移住した郷橋正成さん。移住コンシェルジュとして奮闘していますが、そんな日々で出会った人や出来事をつづってくれます。今回は、高齢化の進む町で古本屋を始めた女性を取り上げてくれました。

縁もゆかりもなかった町に移住を決意

本澤さん
漁村集落の住宅街にぽつんと建つ。トンガ坂文庫の店主、本澤結香さん

 今回、ご紹介させていただく移住者は本澤結香さん。空き家バンクや行政の移住促進に頼らず、尾鷲に移り住んだ方です。2016年、本澤さんが移り住んだのは尾鷲に九つある浦々の1つ。織田信長の水軍として名を馳せた「九鬼水軍」発祥の地、尾鷲市九鬼町。

 豊かな自然や、名だたる歴史、文化が色濃く残る一方、深刻な問題も抱えています。65歳以上の割合が6割を超える、町民400人ちょっとの集落。日本の高齢化率は2040年代には35%を超える見込みだというデータもあります。これからの時代、日本だけではなく世界各地で直面するであろう、高齢化によるさまざまな問題を先取りしているようなこの町に移住し、ぽつんと古本屋を営んでいる本澤さん。

 これはおもしろい話が聞けるに間違いないと、インタビューをさせていただきました。

路地裏
この先に本屋さんがあるってホント?っと不安になりながら路地を進む
店内
店内は所狭しと並べられた珍しい本に囲まれて。古書好きにはたまらない空間

 長野県松本市で生まれ育ち、大学入学を機に18歳で上京。大学卒業後は外資系アパレルに就職し、ストアプランニングなどを行う部署で勤務。忙しくも充実した日々を過ごす一方で、東京での暮らしに馴染んでいくことへの違和感のようなもを感じていたという。

「そんな生活のなかで経験したのが東日本大震災。このままでいいのかって、漠然と考えるようになりました。結婚や出産、子育てなど今後の人生を考えたとき、東京での暮らしが理想ではないと」

 それからは、いろいろな地域に興味をもつようになり、仕事を続けながらも東京のNPO法人が運営する地域課題を解決する「地域イノベーター留学」に参加。山育ちの本澤さんは、海の魅力に惹かれ九鬼町のプログラムを選択したという。

 プログラムを通じて九鬼町が抱える課題を考えたり、何度か通うたびに『ここで暮らしたい』と考えるようになったそうです。終了後も地域の方々と交流を深め、移住を決意されました。

インタビュー
移住した頃は本屋をやるなんて少しも考えてなかったです

就職先が突然消滅! でも田舎ならなんとかなる

 もちろん、九鬼町での仕事や住むところも決めて移住された本澤さん。でも移住早々、あてにしていた仕事がなくなってしまったそうです。

「1年ちょっとかな、長めの夏休みをしていました(笑)。知り合い伝いで仕事をいただいたり、バイトに行ったり、ちょっとした収入はありましたが…。田舎ではご縁だけでもなんとかなるんだなぁって」

 そんなとき、知人に本屋さんの店主をしないかと誘われ、今に至るとか。「本」を通じて九鬼町を知らない人がこの漁村に来てくれるツールになれば、という思いから町の奥に店を構えているそうです。

メニュー
コーヒーを飲みながら好きな本について語る場所として

「トンガ坂文庫を始めてからは、物欲っていうかものを買うことが減りましたね。買い物欲は今、本を仕入れることで満たされてます。もちろん今もトンガ坂の収入で食べていけるわけではなくて、知り合いのweb管理やフォトグラファーのマネジメント、家庭教師などいろいろな仕事をしています」

 リモートワークが注目を集めている昨今、田舎で好きなことに時間を費やしている移住者の間では随分と当たり前に、グローバルな働き方を耳にすることが多いと感じます。会話のなかでとても印象に残っているのは、田舎にはお金のかからないコミュニティが存在するということ。コミュニティ本来の姿なのでしょうが、最近では自分も含めメリット、デメリットと、損得で考える繋がりが多いなと。

 実際、トンガ坂文庫は新しい人の流れを町につくり、さまざまな出会いをもたらすコミュニティになっている。

「今の生活はすごく充実していています。最近はいただきものをするたびに、私にはお返しできるものがないと痛感しています。なので今の目標は畑をすることと、釣りを覚えること。買ってきたものではなく、お返しができるようになりたいです」

「縁もゆかりもない」所から「縁をもってゆかりを創る」

 移住者はそういった田舎特有のコミュニティに魅せられていくんだと感じました。その魅力は新たな仲間を呼び、自分自身がコミュニティの魅力の一部になっていく。

 世間ではリモートワークが話題になることが増えましたが、これを機に、どこにいても環境さえあれば仕事ができると感じられた方は少なくないと思います。

 今回はリモートワークを基本収入とし、縁もゆかりもなかった場所に「縁」をつくる移住者、本澤結香さんをご紹介させていただきました。

 今、どこかの地域に移住をご検討の方もそうでない方も、今後の人生に少しでも参考にしていただけると幸いです。

[移住コンシェルジュ・尾鷲市漁村の田舎暮らし/第5回目]

郷橋正成さん
京都出身の30代。リゾートスタッフ、漁師、サラリーマン、家具職人などを経て2018年8月から尾鷲市の地域おこし協力隊に。現在、おわせ暮らしサポートセンターで活躍中。