地方自治体には「移住推進員」という職を置いているところがあります。仕事内容はその名のとおり、より多くの移住者を迎え入れるためのPRや移住希望者の相談対応、移住に伴うフォローなどです。岡山県和気郡和気町には、直近4年間で420人の移住者を迎え入れた「カリスマ移住推進員」がいます。和気町の元地域おこし協力隊員で自身も3年前に移住した平井麻早美さんに紹介してもらいました。
年間100人の移住者を迎える、カリスマ移住推進員
移住希望者にとってその土地に相談しやすい人がいるかどうかは、選択を大きく左右する要因。わが和気町には、年間100人もの移住者(うち7割以上が子育て世代!)がやってきますが、その理由の1つとして、地元が誇る「カリスマ移住推進員」の存在は外せないでしょう。
その移住推進員は飯豊信(いいとよ・まこと)さん。「会って話を聞いてみたい」と思ってしまう、おおらかな笑顔が印象的です。
移住者の幸せを考えて、よその自治体を紹介することも
私たちが和気町に移住して、協力隊員として飯豊さんと一緒に移住推進の仕事をしていて驚いたのは、役場の職員という立場でありながら、相手が望むものが和気町になければ、ニーズに合うと思うほかの市町村を紹介すること。そのために、近隣の市町村の移住担当者と連携を取れるようにしていることです。
常に相手のニーズはなにか、どういう暮らしや未来を望んでいるのか、優しく穏やかな口調で聞いてくれる。単純に根堀葉掘り聞くようなことはせず、決して移住を強要するような言葉は使わず、相手の自由意志を尊重し、最優先する。
事務的な形式でただ町内を案内され、移住するかしないかだけを問われていたら、ここまで和気町に移住者は増えていないと思います。
移住者と町の双方が幸せになるために、門番にもなる
移住推進員の難しい立場として、移住者がただ単純に増えればいい、というわけではないところがあります。住民や町の雰囲気を知りつくしているからこそ、移住希望者のなかに稀にいらっしゃる、地域に溶け込めなさそうな方に対しては、ごく自然に一歩引いた案内をする。もちろん常識的な仕事はします。ただ、あえてプラスアルファの提案はしない。
飯豊さんは「移住先を決めるのは結婚相手を決めるのと似ています」と言います。移住も結婚も、相手選びを間違えてしまったら、本人も周りも誰も幸せになれないという信念で毎日、移住希望者の相談に乗っているのです。
実際に私たちが移住を決めたのも、飯豊さんの存在が大きく関係しています。
その頃の私達夫婦は「東京から地方に移住すること」を決めたばかりで、親の出身地に近くて晴れが多いからとおすすめされた岡山県を、なんとなく候補地にしていました。でも、似たような立地や自然環境の田舎町はたくさんあるし、少しでもピンときた情報には飛びつきたい心境でした。
タイミングよく、飯豊さんが掲載されたパンフレットを見た翌週に、都内で開催される移住セミナーにご本人が登壇されることを知り、足を向けたのです。
会ったその日に話をした段階で、町内案内の提案をされ、下見旅行の日程調整と連絡先の交換をし、当日までの間に電話やメールで私たちの思いや希望について細やかなやりとりがあり…。それまでの焦りが嘘のようにいろいろ進んでいく、その対応の速さと丁寧さで、すでに信頼感が芽生えていきます。
いつの間にか和気町が好きになる「おもてなし」
1回目の町案内では、たった1日で和気町の魅力から住む場所、仕事の情報、災害などのリスク、田舎暮らしにおける気をつけるポイントなどを教えていただき、先輩移住者のお宅を拝見するツアーを組んでいただきました。
2回目の訪問では賃貸物件の見学として、希望に合わせた物件をリサーチのうえ不動産屋への連絡まで段取りしていただき、先輩移住者のお宅も何軒か回って、夜は移住者の家族が集まる食事会にも合流させてもらうという贅沢なコース。
最終的には移住前に何十人もの方々に挨拶をして、まるでもう住んでいるみたいな気分になり、気づいたらすっかり和気町が好きになっていたのです。後に飯豊さんと一緒に仕事をするようになってから、私はこの一連の「おもてなし」を「飯豊マジック」と表現しています。
和気町を本気で良くしていきたい強い思い
移住希望者の心を即座に掴んでしまう「飯豊マジック」により、私たちの心はすぐに和気町に傾きましたが、じつはなにより決め手となったのは、飯豊さんが移住推進員になった経緯を知ったときでした。
もともと東京都内から移住して別の仕事に就いていた飯豊さんが、和気町に永住を決意したとき、子どもの未来のために和気町を本気でよくしていきたいと、自ら移住推進員の必要性をプレゼン資料にまとめ、役場関係者に直談判して企画を通し、面接を受けてこのポジションを担うことになったそう。このエピソードを聞いたとき、「この人がいる町なら、おもしろいことができそう!」と一気にワクワクしたのです。
私たち夫婦のように身近に親戚も知り合いもおらず、田舎暮らしとしての常識や地域活動などなにもわからない不安な移住希望者は少なくないと思います。そんな人たちに心から信頼してもらえる「移住推進員」の存在があること、それはどの町でも魅力なはずで、和気町にはその権化のような「カリスマ」がいることが、移住者が絶えない理由にほかならないと思っています。
<取材・文・写真 平井麻早美>
●和気町移住ウェブサイト「ワケスム」