「なにこれ、天国?」田舎に移住して子育てストレスが激減したわけ

待機児童が絶えない都会から、1学年3人ほどの田舎に家族で引っ越した石田洋子さん。以前感じていた子育てストレスは、移住後どんどん消えていったそうです。移住先でストレスが減った理由を教えてもらいました。

都会ではあり得なかった「子どもがたくさんほしい」願望

保育園の遠足。近くの海へ
保育園の遠足。近くの海へ

「ねえ、何か月? オメデタよね?」とある集まりで、おなかのあたりにチラッと目をやった女性に聞かれる。

「はい。そろそろ安定期で……なんて(笑)。違うんです。ご飯がおいしすぎておなかまわりが成長しちゃっただけで」。

 途端にバツの悪そうな顔になった女性。

「違うのよ。ゆったりした服だったから」。

 一生懸命、フォローしてもらって、逆に申し訳ない気持ちになる。
 
 移住してから、何度も妊婦に間違われる経験をしました。もはや慣れっこ。海の幸、山の幸とおいしいものに囲まれ、加齢による新陳代謝の低下と、どっぷり車生活のせいか、おなかまわりがヤバイ自覚はもう、存分にあります。でも、妊婦さんに見えるのも、願望の表れかもしれないなと思います。

 私には子どもが2人いますが、もしあと5歳若かったら、もう1人、2人、生みたかったなぁと心から思います。そう思えるのも、田舎暮らしを求めて移住したからこそ。都会では考えられなかった、子どもがたくさん欲しいという願望も、ここでの暮らしならわいてきます。

移住してすぐに感じた、このうえない解放感

民泊(農泊)に来た都会の中学生と夏みかんの収穫
民泊(農泊)に来た都会の中学生と夏みかんの収穫

 私は、2017年1月に神奈川県から、夫と子どもと共に山口県萩市へ移住しました。夫はパソコン修理などを行う自営業。私は15年勤務した都内の会社を辞め、地域おこし協力隊を3年間務めたあと、2020年からは農家で働き、ライターをしたり、自宅で民泊を営んだりしています。
 
 当時5歳と2歳の子どもを連れて、待機児童がたくさんいる首都圏から、1学年が3〜4人程度という子どもが少ない地域に移って感じたのは、このうえない解放感でした。

 子どもたちが通った保育園は、定員120名の空間にたった20名程度。送り迎えは車で、ササっと完了。

 移住前に通っていた保育園は、駅近のビルにある園庭がない保育園だったので、かなり密な状態でした。新型コロナウィルスが蔓延する前でしたが、感染症を広めないことを強く求められ、子どもの健康状態を詳細に記入する必要があった連絡帳。園に着いたら持参の体温計で検温して、体温計を保育士の先生に見せ、タオルに着替え、1枚1枚に名前を書いたオムツをそれぞれのロッカーと引き出しにセット、という地味に時間をとる雑務がありました。それらの雑務から解放され、あまりのギャップに「なにこれ、天国」と感じたものです。
 
 都市部で問題となる「子どもの声がうるさい」とか「ベビーカーが邪魔だ」というような、ネガティブな視線を感じたこともありません。少子高齢化が著しい地域にとって、子どもは地域の存続に関わる「宝」。子どもの声がするだけでも貴重なことだと、大切にされていると感じます。

 家の中や周りでも、隣家とは少し離れているため、大声を出しても、走り回っても気になりません。子ども本来の自然な動きに、制約をかけなくてもいいという解放感。心底のびのびできました。

子どもたちの体が強くなった。園から「お迎え要請」が一度もない

豪雨で畑が水没するも楽しそうな子どもたち
豪雨で畑が水没するも楽しそうな子どもたち

 うちの子も今どきの子どもらしくゲームやYouTubeに夢中ですし、田舎暮らしだからといって、ナチュラルなものしか口にしないわけではありません。だけど、家庭菜園のピーマンを食べてピーマンが好きになったこと、土や草花や虫に触れる機会が多いこと……自然豊かな環境で、こういう体験をさせられたことは、幸せだなぁと感じるシーンも多いです。
 
 そんな暮らしで、子どもたちの体が強くなったような気がしています。すぐ熱を出し、体が弱いという悩みがつきなかった子どもたち。風邪をこじらせ肺炎になって入院したこともあるし、救急車で運ばれたこともあったのですが、都会に暮らすときよりも、病院のお世話になる回数はぐんと減りました。
 
 移住前には仕事中のオフィスで、たびたびかかってきた保育園からの「熱が出たので、お迎えに来てください」コールは、移住後は1度もありません。年齢とともに免疫力がついたということかもしれませんが、ずいぶんとたくましくなりました。

子どもと「ステイホーム」に困らない

子どもたちとタマネギ収穫
子どもたちとタマネギ収穫

 新型コロナウィルスによる緊急事態宣言下の休校中でも、田舎では満員電車に乗る機会もなく、人混みを避けることが容易にできる。畑仕事はあるし、太陽の下を気兼ねなく走り回れる。本当にありがたいことでした。

 とくに今年は、世界的に空気がきれいになった影響なのかホタルが美しく、近くの川で天然のイルミネーションを堪能しました。家の中にまでホタルが紛れ込んで、ホタルの輝きとともに一夜を過ごすという貴重な体験もしました。

 東京に住む友人とやりとりするにつけ、小さな子どもがいるご家庭で、都会に住みながらの「ステイホーム」は、どんなに大変だっただろうと思います。

 私が自然豊かな田舎で暮らしたいと思うようになったのは、子どもが生まれてから。なかなか踏み切れなかったのですが、母の故郷である山口県萩市での古民家との出会いをきっかけに直感と勢いで移住しました。2017年の元旦、引っ越して来た夜、満点の星空の下で澄んだ空気を体いっぱいに吸い、ついに、ここに住むのだと喜びを噛みしめたのを覚えています。
 それから3年、大変なこともあるし、保育園生活から小学生になって、習い事、教育の選択肢について田舎ならではの課題を感じることもあります。ですが、首都圏で暮らしていた頃とは違った次元での「豊かさ」を選んだ今の暮らしに、後悔はありません。

<文・写真/石田洋子>

石田洋子
2017年、山口県萩市に移住。萩とその周辺の暮らしを伝える「つぎはぎ編集部」で活動中。2020年、自宅の蔵を改装し、泊まれるフリーぺーパー専門店「ONLY FREE PAPER」HAGIをオープン。民泊体験を提供しています。