色つきやラメ入りも。伝統工芸品「鈴鹿墨」を使った女性書道家の挑戦

伊賀焼、萬古(ばんこ)焼といった伝統工芸が盛んな三重県。歴史あるメーカーが新ブランドを立ち上げたり、若手作家が移住していることから、工芸品・雑貨好きから注目を集めています。そのなかから、今回は鈴鹿墨に魅了された書道家の万代香華さんをご紹介。

1300年以上変わらない製法で作られる鈴鹿墨

鈴鹿墨

 鈴鹿といえば、鈴鹿サーキットを思い浮かべる人が多いのでは? 最先端の技術を屈指して行われるレースとは反対に、経済産業省が認定する伝統的工芸品の鈴鹿墨の産地でもあります。今回は、そんな鈴鹿墨に魅せられて活動している書道家の万代香華さんにお話を伺いました。

万代香華さん
書道家の万代香華さん

 鈴鹿墨の発祥は平安時代。鈴鹿の山でとれる松脂を燃やして取った煤に、膠(にかわ)と呼ばれる天然のゼラチンを溶かして練り混ぜ、固めたものでした。

 現在、墨の生産量のほとんどは奈良でつくられる奈良墨で、鈴鹿墨は1割程度。同じ固形墨でも、採煙、練り合わせ、型入れ、乾燥と工程ごとに職人がいる奈良墨とは異なり、鈴鹿墨はひとりの職人がすべての行程を手がけます。

手作りの墨
煤、膠、香料を練混ぜ、粘土状の墨玉を作り、木型に入れて成型する

「松脂や菜種油といった煤の種類や膠の量によって、墨のねばりや伸びが変わります。それは、書き心地と文字の印象にもつながる重要な部分。ひとりの職人が一貫してつくることで、細かな調整ができるのは、鈴鹿墨ならではですね」と万代さん。

 煤、天然の膠、そして香料を原料とし、1300年以上もの間、変わらずにつくられているというのも驚きです。

膠
今や貴重となった国産の膠。水牛や鹿のゼラチン質を使用する
煤の濃淡
煤の種類によって、黒は黒でもニュアンスの違う色ができる

 鈴鹿墨の生産者は、今や鈴鹿市白子地区にある進誠堂1軒のみ。伝統工芸士の伊藤亀堂さんと息子の晴信さんが2人で伝統を守りながら、新しい墨の開発にも積極的に取り組んでいます。

墨をする時間はわずか1分。書道の授業で使う新しい固形墨

子ども用の墨
伝統工芸士・伊藤亀堂さんが鈴鹿の子どもたちのために考案

 半紙1枚分の墨をするのにかかる時間は10分以上。鈴鹿墨の産地とはいえ、限られた授業時間のなかで使うのは難しいのが現状でした。そこで考えたのが、通称「1分墨」。

「子どもでも1分するだけで真っ黒な墨色ができる墨です。市内の小学校で使われています」。墨をすっていると「心がすぅっと落ち着く」という万代さん。学校の授業でその感覚を得られるのは子どもたちにとって貴重な経験になりそうです。

書の楽しみ方が広がるラメ入りの墨

ラメ入りの墨
「煌の彩」黒=煤(すす)が入っていないラメ入りの墨。全5色各2,750円

「色が入っている墨や、ラメ入りのものは業界初。斬新ですよね(笑)。文字に色がつくことで、言葉の意味だけでなく、色で思いを伝えることができる。色に合わせて言葉を選んだり、字に色を合わせたり。どうやって書こうかな、と想像力が広がります」。

色合いが変化する墨
「雪月風花」水の量で色合いも変化。全8色 各2200円

 そう言ってラメの入ったグリーンで書いてくれたのは、結という字。瑞々しい女の子のイメージで、どこか絵のようにも見えます。「見ている方にも、いろんな想像をして楽しんでいただきたいですね」。

グリーンの墨
時間が経ち乾くと、ラメが浮かび上がってくる

鈴鹿墨を使って初めて知った、うるおいのある文字

手ぬぐい
色墨で染めた手ぬぐい。鈴鹿墨は染め物にも使うことができ、染色家からの人気も高い

 結婚を機に地元・静岡を離れ、愛知県で暮らしていた万代さんですが、妊娠がわかりサポート体制が整っている夫の実家がある鈴鹿市に移住したのが15年前のこと。その後、進誠堂の一角を借りて書道教室を始めたことがきっかけで、スタッフとしても働くようになりました。

 今では、試作品の試し書きやすり心地の感想を求められるようになったそうですが、小学1年生からスタートした書道人生では墨汁が基本だったとか。

墨を擦る
磨りたての墨の香りには精神を整える作用も

「書道の専門学校時代も使っていたのは手軽な墨汁。鈴鹿墨で初めて書いたときは、書き心地の伸びやかさに驚きましたね。たっぷりつけてもすぐにかすれてしまう墨汁とは違って、筆のすすみがなめらか。書いた文字に、うるおいがあるんです」。

 さらに、墨汁では知り得なかった墨の色にも、はまったのだそう。
「濃く磨った墨を水で薄めてつくった淡墨(たんぼく)で書くと、筆が通った線(基線)とにじみの境がくっきりとでるんです。その淡い色がとても綺麗で。黒は一色じゃないんだなって感動しました」。

にじみ
淡墨で書くと、基線とにじみがくっきりとわかれる。先に書いた方が上に浮かび上がる

伊勢志摩サミットで書道パフォーマンスを

伊勢志摩サミット
伊勢志摩サミットの国際メディアセンターにて席上揮毫

 2016年、伊勢志摩サミット。三重県の伝統工芸品として鈴鹿墨を書道パフォーマンスでPRすることになり、進誠堂からの推薦で万代さんに白羽の矢が立ちました。

 それまでは、同じく書道家である夫の学さんと共に立ち上げた『千華万香(せんかばんこう)』という名前で、題字を依頼され書くことが活動の主軸で、書道パフォーマンスは初めてのことでした。

「やるしかない!と思って(笑)。書いたのは『常若』という式年遷宮にまつわる言葉。紙全体を見渡すことができないので、距離感もわからない。どうやって書こうかとは考えず、その場のリズムと感覚で書き上げました」

パフォーマンス
静岡県にある仏教寺院・可睡齋のひな祭りのイベントにて。「桃」という字が完成

 このことがきっかけで、さまざまなイベントで鈴鹿墨を用いた書道パフォーマンスを求められるようになった万代さん。楽しみ方を聞くと、筆や体の動きのほかにも「どんな字になるかを想像しながら見るとおもしろいかもしれません」と。

 そして「できあがった字を自分がどう思うかも楽しみなんです」とさっぱりとした笑顔で話してくれました。

 想像力をキーワードに、鈴鹿墨から始まる書道の世界をナビゲートする書道家・万代香華さん。カラフルな文字が跳ねる作品から、伝統工芸の明るい未来も見せていただいたような気がしました。

万代香華(ばんだいこうか)
1984年、静岡県生まれ。日本書道芸術専門学校研究科卒業。日本書道教育学会 師範。夫の万代学との書道ユニット「千華万香」にて書道教室と創作活動を実施。伊勢志摩サミット記念限定酒「イセノハナ」などの題字を制作。パフォーマンスは、伊勢志摩サミット席上揮毫、鈴鹿墨イベント、鈴鹿PA開通式典など多数。

<取材・文>西墻幸(ittoDesign)

西墻幸さん
1977年、東京生まれ。三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign(イットデザイン)主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、東京より世界1周を経て、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとしてインタビューを中心に活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。