夜の暗さを守り続ける。国際ダークスカイ協会が岡山・美星町を認定

高原や湖畔で眺めたきらめく星空を日々見上げることができるの岡山県井原市の美星町。地域ぐるみで美しい星空を守っていることが評価され、2021年アジアで初めて「星空保護区コミュニティ部門」(国際ダークスカイ協会の認定制度)に認定されました。星の郷・美星町の取り組みと星空環境の魅力を紹介します。

日本で初めて「光害防止条例」を制定。地域で星空を守る

天の川
無数の星が集まる神秘的な天の川。人工の光が多い日本の市街地で見られるのは貴重

「晴れの国」で知られる岡山県は、じつは「天文王国」でもあることをご存じでしょうか。年間の降水量1mm未満の日数が全国1位で、晴天の日が多いため星が見えやすい。さらに安定した大気が星をくっきりと見せることから天体観測に適し、県内には天文台やプラネタリウムなど天体関連施設が数多くあります。

 なかでも県南西部に位置する井原市美星町は、昔、流れ星が3か所に落ちたという伝説があり、その星が「星尾神社」「高星神社」「明神社」に祀られたと伝えられるなど古くから星に縁の深い土地柄。平均標高300mの準丘陵のなだらかな地形なので広角に空を見わたすことができ、繁華街や工業地帯から離れているために人工光が少ないことが「天文王国」でも屈指の美しい星空環境の理由です。

 同時に、地域の人たちによる星空を守る取り組みが大きく、1980年代に「星の郷」という愛称を定着させると、1989年には日本で初めて「光害(ひかりがい)防止条例」を制定。屋外照明は上方向にもれる光をおさえ、必要なもの以外は夜10時以降消灯することなどで夜空の暗さを守ってきました。2005年に平成の大合併で美星町が井原市に編入して以降、市と美星町観光協会、地域の人々が力をあわせて大切な環境資源である星空を維持する取り組みを続けています。

神社
その昔3つの流れ星がこの地に落ち、星の郷と呼ばれるようになった伝説がある星尾神社。毎年8月7日には全国から集まる七夕短冊を焚き上げる七夕祈願祭が行われる

美しい星空を引き継ぐため、照明環境の改善に取り組む

防犯灯
必要な明るさを保ちながらIDAの基準を満たした特注のLED照明で夜空にくっきりと輝く星が

 井原市と美星町観光協会が星空環境をこれからも守るために、新たなチャレンジに乗り出したのが2018年のこと。美しい夜空を保護・保存するための優れた取り組みを認定する制度で、国際ダークスカイ協会(IDA、本部アメリカアリゾナ州)が2001年から実施する星空保護区の認定を目標に計画を進めてきました。

「人工の光が増え、空が明るくなると星が見えなくなりますが、美星町も例外ではなく、屋外照明の増加やLED化によってまち全体が明るくなってきていました。光害防止条例の制定から30年がたち、美しい星空を次世代に引き継ぐための新たな取り組みとして認定を目指し、照明環境の改善などを進めています」(井原市観光交流課の藤岡健二さん)

 地域内の自動販売機や電飾看板の22時以降の消灯などを推進するほか、まちの明かりを環境に優しい色に変更する計画に着手。国内になかったIDAの基準を満たす照明器具の開発をパナソニックに依頼し、防犯灯約400台を上方に光がもれず、電球色のLED照明器具に交換することで空の暗さを取り戻すことができたそう。照明器具の交換にあたって行ったクラウドファンディングでは目標金額200万円に対し約600万円の寄付が集まり、市内外の多くの人たちの美星町の星空、日本の星空への思いが伝わってきます。

世界基準の美しい星空を見上げて「地球というふるさと」を体感

天文台
420mに位置する美星天文台。銀色に輝くドームは星の郷のシンボル的な存在

「星空保護区」には6つのカテゴリーがあり、これまで日本では自然公園や森林公園、エコパークなどが対象の「ダークスカイ・パーク」に、沖縄県の西表石垣国立公園と東京都神津島村が認定されています。

 美星町が認定された市や町が対象の「ダークスカイ・コミュニティ」は、質のいい屋外照明の使用に関する条例の施行、光害についての活発な教育啓発活動、地域住民の夜空の保護への支援など優れた取り組みを評価するもの。人工の光が過剰にあふれる「光害」により、日本では人口の70%が 天の川を見ることができない場所に住んでいると言われているなか、まちづくりと世界基準の美しい星空環境を実現させたことの貴重さがわかります。

 11月1日(米国アリゾナ州時間)の認定決定から約2週間後の11月17日、東京のアンテナショップ「とっとり・おかやま新橋館」で、星空保護区「ダークスカイ・コミュニティ」認定を記念し、美星天文台台長の綾仁一哉さんとプラネタリウム・プランナーで井原市在住のかわいじゅんこさんによるトークショーが開催されました。

 会場内には、美星町の防犯灯で使用されているLED照明器具も置かれ、全体の照明を落としてあたたかみのある光を体験。美星町の星空環境を守る取り組みに携わってきた専門家の話によって、美しい星空を守ることは地域だけではなく国、地球規模で意義があることを紹介しました。

トークショー
美星町の防犯灯に用いられているLED照明。やさしい光が星空を守り続ける

 美星町にある天体関連施設も紹介。昼間の太陽光をためて夜間光る蓄光石を敷き詰めた道がある星空公園は、「天文航法」のための天体観測を行う海上保安庁の水路観測所を市が引き継ぎ、整備した公園。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が小惑星や「スペースデブリ」(宇宙ゴミ)の観測を行う「美星スペースガードセンター」という重要施設もあるとのこと。

 一般に施設が公開されているのが美星天文台で、中国地方最大級の口径101cm反射望遠鏡を所有し、来館者はスタッフの解説つきで天体観測を楽しむことができます。金曜から月曜の晴れた夜(18:00~22:00)には季節の天体、日中は昼間の1等星や立体映像で宇宙の知識に触れられます。

公園
井原市星空公園では、蓄光石が光る「願いかなう小径」を歩きながら夜空を眺めることができる

 星空保護区の認定が決定した際は、「地域住民を対象に夜間の観望会を行い、子どもたちも含めて200人以上が喜びをわかちあいました」(かわいさん)、「子どもたちに美しい星空を残すことは、地球、そして宇宙という人類のふるさとを手渡すこと」(綾仁さん)。天上を見上げれば星空というふるさとがある井原市美星町へ、ぜひ足を運んでみてください。

<写真提供:井原市、パナソニック株式会社 取材協力:井原市観光交流課 取材・文/土倉朋子>