長野県で近年盛り上がりを見せているのがワイン、個性豊かなワイナリーが県内各地で生まれています。丘陵地に広がるブドウ畑とワイナリーを巡り、ジビエなど地元の食材とのペアリングを堪能する、ワインツーリズムを高山村で体験してきました。
ヨーロッパ品種を栽培する高山村産のブドウ
日本で栽培したブドウを国内のワイナリーで醸造する「日本ワイン」。国内の産地のなかでも長野県はブドウの栽培に適する自然環境に恵まれ、ワイン用ブドウの生産量は日本一。栽培農家と醸造家が手塩にかけた高品質の「NAGANO WINE」を生み出しています。長野県では、「信州ワインバレー」構想の元でワイン産業の振興に取り組んでおり、産地を4つのエリアに分け、それぞれのワインと地域の魅力を発信しています。
今回訪ねた高山村は長野市から約20kmの距離にあり、電車・バスで50分ほど。千曲川沿いに広がる「千曲川ワインバレー」に属する産地です。標高が高く、冷涼な気候と水はけのよい土壌がヨーロッパ品種の栽培に適し、1996年にワイン用ブドウの栽培が始まりました。品質のよいブドウは大手ワインメーカーから高い評価を獲得し、高山村産ブドウが原料のワインは国内外で数々の賞を受賞。2015年から村内でワインの醸造が始まり、現在は県内の自治体で3番目に多い6つのワイナリーが存在しています。
「テ・ロワール(土地の個性)」を引き出すワイナリーで収穫体験
最初に訪れたのは「信州たかやまワイナリー」(長野県上高井郡高山村大字高井字裏原7926)。ワイン用ブドウだけではなくワインづくりの産地へ高山村を発展させたいとの地域の人々の思いが結実し、2016年に設立。北アルプスを眺める丘陵地に醸造所が建ち、その周りに広がるブドウ畑ではシャルドネなど白ワイン用、メルローなど赤ワイン用のブドウが実をつけ、収穫を待っています。標高差のある畑は区画ごとに成熟の時期が異なるので機が熟したものから収穫し、仕込みの作業へ。並行して次の畑で収穫というワインづくりの最中に収穫体験をさせてもらいました。
垣根のように並んだブドウの木に向かい合い、ブラケースに腰かけて房を切り取っていきます。傷んだ実があれば取り除いてパレットへ。収穫しながら味見をさせてもらうと甘い! 味の深さが小粒に凝縮したような食用のブドウとはまた違う風味にワインづくりへの関心が高まります。13ある畑はそれぞれオーナーがいて、つくり手ごとにブドウのもち味が異なるそう。「畑ごとに仕込むので、同じ品種でもいろいろな特徴をもった原酒ができます。それを調和させたバランスのいいワインがうちの特徴です」(醸造責任者の鷹野永一さん)。
ワイナリーには直売所が併設され、村内限定流通の「Naćho」(白、ロゼ、赤)、白・赤各2品種ずつの「ヴァラエタルシリーズ」、そして9か月熟成など意欲作でワイナリー限定販売の「ラボシリーズ」が購入できます。ガラス越しに醸造所を見ながら醸造の工程や熟成について教えてもらえるのも訪問の楽しみです。
ぬくもりが伝わる、夫婦で取り組むワイナリー
「カンティーナ・リエゾー」(長野県上高井郡高山村高井4217)は、湯本康之さんご夫婦が営むワイナリー。イタリアでのワイン修業で出会ったその土地に根ざし、家族で営むワイナリーを日本でも実現させたい、と2007年からブドウ栽培を開始。年ごとに植栽を増やし、2015年に念願の自家ワイナリーが始動しました。
木造平屋建ての醸造所にタンクや樽が置かれ、醸造責任者の湯本さんがブドウと向き合いながらワインづくり取り組んでいます。「機械まかせにするのはつまらないから」とブドウから搾汁を取り出す工程は手動のバスケットプレスで。温度管理は自動で制御するのではなく、外気温の変化を確認しながら調整。「この土地の環境に合わせて発酵・熟成を行うことで、ワインに個性が生まれます」。
高山村で栽培の歴史があるフランスの品種に加え、サンジョベーゼ、ドルチェットというイタリアの品種のブドウの栽培・醸造に取り組んでいるのもこのワイナリーの特徴です。
つくり手の育成も視野に入れる信州たかやまワイナリー。家族経営を守りながら理想のワインづくりを模索するカンティーナ・リエゾー。規模もスタイルも異なる2つのワイナリーですが、「この地にワイン文化を根づかせたい」との思いは同じ。つくり手の個性と熱意がそのまま現れるというワインの真髄に触れることができました。
ワインとの相性抜群なジビエが生み出される工房
ワインを起点にその土地について知り、魅力を体験するワインツーリズム。森林と原野が面積の約85%を占める高山村ではそこにワインと相性のいいジビエが加わります。猟の名人で高級レストランにジビエ肉を提供する「信州山肉プロジェクト(有楽爽)」代表の宮川仁司さんの工房におじゃましました。
高山村で狩猟できるのはシカ、イノシシ、クマなど。山に分け入り、すばやく獲物を仕留めたら「時間をおかずに内蔵をとり、血抜きを行うことで新鮮で質のいいジビエに」(宮川さん)。罠にかかった動物がもがくのも肉が固くなる原因で、狩猟の腕前と適切な処置が良質のジビエを可能にするのです。
実際に解体の様子を見せてもらいました。3日間冷蔵庫で保管し、十分に血抜きしたシカの皮をはいでいきます。ナイフ1本でするする皮がむけていくのはまさに名人芸。部位ごとに切り分けた肉は鉄分たっぷりの赤い色。吊るされたシカはどこかつくりもののようでしたが、そこから現れるシカ肉はフレッシュで、命をいただく原点に立ち会う貴重な体験でした。
囲炉裏で焼き上げたジビエをワインとともに
ディナーは、村の中心部・山田温泉街にある朝日屋亭(長野県上高井郡高山村大字奥山田 山田温泉3588 要予約)で。昼間訪れたワイナリーのワインとともに宮川さんのジビエをはじめ高山村産の食材を使った料理をいただきます。料理人の田中裕美さんは名古屋出身。「高山村は標高差があるので、農作物の収穫時期や栽培する品種が場所によって異なり、食材が豊富」。風土と食材にひかれ、この地にお店を開いたそう。生産者の顔が見えるおつきあいをし、自ら米づくりも。いつどこでなにが育つかを知りつくし、その日最適な食材でメニューを組み立て提供しています。
クリの素揚げ、キノコの南蛮漬け、生の枝豆など地元野菜の持ち味をシンプルかつ絶妙に引き出した前菜で白ワインが進みます。シカ肉はやわらかい小モモ部分を網焼きにし、焼きプルーンをソースがわりにいただきます。イノシシ肉のポトフはほろりと口の中でほどけて美味。ワインは赤で。信州たかやまワイナリーのメルロー&カベルネ、カンティーナ・リエゾーのサンジョベーゼなどそれぞれの個性で料理の表情や余韻が変わるのを楽しみます。ワインが生まれる背景とつくり手の思い、ジビエが料理されるまでのプロセス。この日体験した高山村の魅力が凝縮したディナーとなりました。
ツアー2日目は松川渓谷のダイナミックな「裏見の滝」、2000m級の山を見わたす山田牧場などへ。旅先で名所を訪ねるのは楽しいものですが、ここにはどんな産業があり、どんな人たちがどのような思いを込めてものづくりをしているのかを知ることで、その土地の解像度が高くなります。そうした旅行スタイルを可能にするのがワインツーリズムです。
今回のワインツーリズムは報道陣向けに先行して開催されましたが、2023年度からは本格的な実施に向けて動き出しています。また、千曲川ワインバレーのワイナリーでは、ワイン用ぶどうの収穫体験を11月上旬頃まで実施。詳細はワインな猫の手旅で。深まりゆく秋、冬に向けて温泉と組み合わせての食とワインの旅もおすすめです。
「ワイン産地の三要素とは『よいブドウ、よいつくり手、よい飲み手』」(信州たかやまワイナリー・鷹野さん)。よい飲み手として加わることで産地を盛り上げ、日本のワイン文化が発展する。そんな楽しみをぜひ高山村で!
取材協力/長野県長野地域振興局
取材・文/土倉朋子