「自分を励ます言葉を探す」備前市「閑谷学校」で論語に触れる体験

岡山県備前市には、現存する世界最古の庶民のための公立学校で、学問の神様・孔子が祀られた国の重要文化財「旧閑谷(しずたに)学校」があります。現地でしかできない貴重な「論語体験」を取材しました。

300年以上続いた学び舎「旧閑谷学校」

備前焼瓦の大屋根が特徴的な国宝「講堂」

「旧閑谷学校」は、江戸時代前期の寛文10(1670)年に岡山藩主・池田光政が地方のリーダーを養成するために創建した、現存する世界最古の庶民のための公立学校。武士だけではなく、庶民にも広く門戸が開かれました。
 徳をもって国を治めることを願って儒学を建学の精神とし、学校では、儒学の祖といわれている孔子とその弟子たちとの問答を集めた「論語」が教えられました。

 昭和39年(1964年)まで300年近く内容や名称を変えながら教育の場としての役割を果たし、現在は閑谷学校資料館として利用されています。2015年には「近世日本の教育遺産群」として最初の日本遺産に認定されました。

孔子が祀られる廟

 敷地内中央のいちばん高いところにある廟(びょう)には、孔子がまつられています。奥の「大成殿」には孔子像が安置され、毎年10月には孔子の徳を称える「釈菜(せきさい)」の儀式が行われます。

「論語体験」は、普段は入ることができない敷地にある、備前焼瓦の大屋根が特徴的な国宝「講堂」が会場。「論語」を読み、解説を聞く体験ができるということで参加しました。

国の重要文化財の中で「論語」を学ぶ

旧閑谷小学校での論語体験

「自分を励ます言葉(座右の銘)をみなさんおもちですか?」旧閑谷学校の論語体験は、こんな言葉で始まりました。

 論語には、自分の有り様を正しく整えながら、人と接するときに大切なさまざまな教えが書かれています。「温故知新」「過ちて改めざるこれを過ちという」「過ぎたるは猶及ばざるが如し」「一を聞いて十を知る」など、知っている人も多いのではないでしょうか。

 会場は外界と隔離されたような静けさで、初めての場所にドキドキしていた心も自然と落ち着いていきます。歴史を感じさせる講堂の美しい床板に、老若男女の参加者が思い思いに座り、1枚のテキストが配られます。今回は時間の都合上、1か所のみ全員で声に出して読み、その論語について解説をしてもらいました。

 冒頭での問いかけに対して筆者が頭に思い浮かべたのは次の言葉でした。「これを知る者はこれを好む者に如(し)かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如(し)かず」。意訳すると、「何ごとも楽しんでやりなさい。楽しんでやれば、思わぬ力が発揮される」です。落ち込んだり、行き詰まったとき、自己嫌悪に陥ったときなど、孔子のこの言葉に励まされます。

 孔子は、物事には「知る」「好む」「楽しむ」という3つのレベルがあると教えてくれます。「知っている」だけならただの知識。「好き」には積極的な意志がある。だけど、心から楽しんでいる人にはかなわない。この言葉には「仕事も、子育ても、家事も、遊びも全部、楽しもう」と勇気づけられます。

閑谷学校には見どころがたくさん

石塀

 旧閑谷学校は資料館としてだけではなく、施設自体に見どころがたくさんあり、秋は紅葉のスポットとしても知られています。

 敷地内のほぼすべての建造物は国の重要文化財に指定され、聖域とされる敷地内は周囲約765mを石塀がぐるりと囲んでいます。まるで龍が寝そべっているようなこの石塀は、「結界」を表しているといわれています。

 石塀は、かまぼこ型のキレイな曲線になるように削り、ひとつひとつ丁寧に組み上げられています。大阪から高い技術をもつ石工が呼び寄せられて造ったもので、丸みがあるのは、地震が起きたときに1カ所に負荷がかからないためだそう。

 石と石の間には割栗石(わりぐりいし・人工的に割ってつくられる石材)が詰められ、隙間は一切ありません。土や植物が入り込めないので、300年以上経ったいまでも、雑草などが生えず美しい姿を保っているという事実には驚きました。

楷の木

 孔子をまつる聖廟のそばには、楷(かい)の巨木があります。この楷の木は知恵の木とも呼ばれ、大正時代に中国の孔子廟にある楷の木の種から育苗(いくびょう)されたものを譲り受けて育てたものだそうです。

宿泊・日帰り研修が可能な施設も

論語みくじ

 論語と言えば、渋沢栄一が実業を行ううえで規範としたことでも有名です。著書の『論語と算盤』では、「利潤を追い道徳を調和させる」という経営哲学のエッセンスが詰まっています。

 当時の子どもたちは、閑谷学校に入ると学房(いまでいう寮)に入り、学校が管理する田んぼで収穫した米を収入源にするという、自立採算性がとられていました。まさに公や他者を優先し、協働や経営的ビジネス感覚を身につけていたといえます。

 今、敷地内には、宿泊と日帰り研修ができる「教育センター」があります。子どもたちの非認知能力の育成や、会社組織のチームビルディングなど、特別史跡を生かした文化体験ができるそうです。教育への志が随所に宿るような環境で当時の学房に思いを馳せれば、学ぶ意欲も高まりそうです。

 最後に孔子のメッセージが届く「論語みくじ」引くと、「自分に厳しくして、人に責任をかぶせないようにすると、人間関係がうまくいき福運がやってくる」と書いてありました。なにが起こっても人のせいにしないで、自らに厳しくし、福を呼びこんで、そしてなにごとも楽しんでやろうと誓いました。

「論語体験」で孔子の言葉に触れ、自分自身と向き合う濃厚で静謐な時間が得られる旧閑谷学校、ぜひ再び訪れたい場所になりました。

<取材・文/脇谷美佳子>

脇谷 美佳子(わきや・みかこ)さん
東京都狛江市在住。秋田県湯沢市出身のフリーの「おばこ」ライター(おばこ=娘っこ)。2児の母。15年ほど前から、みそづくりと梅干しづくりを毎年行っている。好物は、秋田名物のハタハタのぶりっこ(たまご)、稲庭うどん、いぶりがっこ、きりたんぽ鍋、石孫のみそ。