常陸大宮市で「ジャパンワールド映画祭」移住した夫婦が映画づくりのワークショップも

茨城県常陸大宮市の地域おこし協力隊として東京都から移住した谷部文香さんは、2年間の任期を終え、そのまま定住することに。今回は、常陸大宮市を中心に茨城県北エリアで地域発信型の映画づくりを行う、映像作家と俳優のご夫婦の紹介と映画祭などについてレポート。

東京から移住した映像作家と俳優の夫婦

俳優の妻と映像作家、映画監督の夫
速水雄輔さん(右)とINORIさん(左)ご夫婦

 常陸大宮市で2021年から開催されている「ジャパンワールド映画祭・芸術祭」。映画祭・芸術祭を主催するのは、映像作家で映画監督の速水雄輔さんと俳優のINORIさんご夫婦です。

 速水さんは、東京生まれ東京育ち。オーストラリアで7年近く過ごす中で、映画を学びながら現地のテレビ局で働いていました。日本に帰国した後は、都内で劇場の運営や映画制作など、芸能界の仕事に明け暮れる日々。そのなかで気がついたのは「自分にとって本当の幸せとはなにか」ということだったそう。

 もっと丁寧な生き方をしたいという思いが芽生え、東京から常陸大宮市へ移住した知人がきっかけで、妻・INORIさんと子どもと3人で、常陸大宮市での暮らしを開始。時を同じくして、INORIさんも茨城県が採用する、「KENPOKU PROJECT E(茨城県北地域おこし協力隊)」制度と出会い「都市と農村・地域とひとをつなぐ循環型社会の共創」をテーマに、常陸大宮市で活動をスタートさせました。

映画祭の会場
映画上映後に海外とライブ中継し行われる、映画監督とのQ&Aの時間

 映画祭そのものは、2019年に新宿の小さな映画館で「新宿ワールドフェスティバル」として始まったもの。ご夫婦の移住をきっかけに、常陸大宮市へと舞台を移し、近年では長野県でも開催されるなど、日本を旅する映画祭として規模を広げています。

「コロナ禍の世界でアートはぜいたくなものだと、遠のいていく様子を目の当たりにしました。しかし、アートの多様性が、異なる価値観や生き方、希望、豊かさを支えていくと信じています。映画・芸術というツールを通して、地域文化に焦点を当て価値を創造すること。閉ざされた地域・文化保全ではなく、文化と観光とまちが一体化することで、文化観光の高付加価値化にもつながると思います。私たちは、多様なまちづくりとしての映画祭・芸術祭を目指しています」(INORIさん)

「いばらきを映画のまちに」をテーマに掲げる

ワークショップの様子
2024年、常陸大宮市・おおみやコミュニティセンターで開かれた、映画づくりワークショップの様子

 映画祭では、世界各地の映画上映のみならず、地域の魅力をPRする映画づくりにも取り組んでいます。映画を制作するチームは、「いばらきを映画のまちに」をテーマに掲げるKENPOKU FILMS(けんぽくフィルムズ)。茨城県北や近隣エリアに暮らす市民に、映画づくりワークショップを通じて、映画制作を学んでもらい、市民と俳優が一緒になり、1本の映画をつくり上げるという企画です。

撮影現場の風景
2022年制作『ブルーベリージャムを作って』撮影現場の様子

 完成した映画は、映画祭で上映されます。これまで、2022年に『ブルーベリージャムを作って』、2023年に『じいちゃんと夏』を公開。とくに『ブルーベリージャムを作って』は、カンヌワールド映画祭・外国語部門でグランプリを獲得するなど、常陸大宮市を飛び出し、世界でも評価を受けました。

おじいさんとこどもを撮影している様子
2023年制作『じいちゃんと夏』撮影現場の様子

 ワークショップの講師は速水さん。2021年に常陸大宮市で初めて映画祭を開催した後、「どうしたらもっと地域の方々と関わりを持ち、一緒に楽しんでもらえるのか」という思いから生まれたのが、このワークショップでした。

「最初に行うのが、映画のシナリオづくり。シナリオといっても個人の日記やSNS投稿に近いです。お題に沿ってそれぞれ感じたことや気がついたことを書いてもらいます。効果的なシナリオづくりの方法はもちろんありますが、技術的なことよりも、自分自身と向き合いながら生まれる感情や心が動く瞬間などを書き留めていくことが大事です」(速水さん)

映画づくりワークショップから生まれた脚本を映画化

水色の車
映画のタイトルにもなった、マイアミブルー色の車。映画内でも鍵となる存在

 ワークショップで出そろったシナリオから映像化する作品を1つ選び、映画祭本番の上映に向けて映画撮影を行います。2024年の新作映画は『マイアミブルー』。原案はワークショップに参加した茨城大学の学生・川崎亮磨さんです。

『マイアミブルー』は、主人公でニートの進太郎が、心の支えであった祖母・和子の容態急変を境に、生まれて初めて大切な人を失う怖さを知り、勇気を出して外の世界へと足を踏み出そうとするストーリー。

撮影現場のスタッフと話す監督
常陸大宮市内の映画撮影現場。現場スタッフと話しながら、撮影を進めていく速水さん

 2024年7月12日~15日の4日間にわたり、常陸大宮市内を中心に『マイアミブルー』の撮影が行われました。撮影現場には現場スタッフとして、ワークショップ参加者の姿も。

俳優がベッドに座るシーン
『マイアミブルー』のワンシーン

 速水さんが現場を指揮し、映画プロデューサーでもあるINORIさんサポートのもと、映画撮影が進められていきます。祖母・和子役を担当したのは、常陸大宮市民の豊島美恵さん。

主人公と祖母役のふたりが台本を読み合わせている
主人公・進太郎役の喜多貴幸さん(右)と祖母・和子役の豊島美恵さん(左)。撮影直前まで台本の読み合わせを行う

 撮影前には、主人公・進太郎役をつとめる、俳優・喜多貴幸さんとセリフを何度も練習されている姿が印象的でした。プロの俳優だけでなく「市民と一緒に映画を作り出す」という速水さん、INORIさんの思いが伝わってくる現場です。

映画上映だけでなく、地元の飲食も楽しめる

舞台挨拶の様子
2023年映画祭『じいちゃんと夏』のキャスト舞台挨拶の様子

 2024年で第4回目となる映画祭は、8月17日(土)・18日(日)に、常陸大宮市の緒川地域センターで開催されます。世界から選りすぐりの短編映画24作品に加え、県北PR映画の新作『マイアミブルー』を含めた3本が上映予定。最後には、キャストスタッフによる舞台挨拶もあります。

会場外に飲食ブースが並んでいる
地元の方々も協力し会場の外では飲食ブースなども

 ステージでは映画以外にも、常陸大宮市指定無形文化財・鷲子囃子保存会によるお囃子演奏や市内高校生よる花いけバトルなどを楽しめます。また、外ではキッチンカーも多数出店しているので飲食もできます。

 毎年パワーアップして開催される映画祭ですが、映画を通じて地域住民とまちが一体となる様子は見ごたえがあります。これから先も常陸大宮市のイベントとして根付き、長く愛されることを心から願っています。

写真提供:ジャパンワールド映画祭

<取材・文・写真/谷部文香>

谷部文香
東京都八王子市出身。都内の大学を卒業後、介護職や学芸員を経験。ライターとしても活動をするように。大学で歴史学を専攻し、お城や地域文化を研究するなど、根っからの歴史好き。2021年に茨城県常陸大宮市へ地域おこし協力隊として移住し、地域の方々を取材・発信する。任期終了後、そのまま定住し、現在はフリーランスのライター・広報として、茨城県と東京都を中心に活動中。