市民が続々と映像クリエイターに。合志市主催のクリエイター塾が話題

だれもが発信者になれる今、地方から発信する技術は大きな課題となっています。そんななか、熊本県合志(こうし)市では市民を映像クリエイターに育て、地域の魅力を自分たちで発信する活動を実施中。その「合志市クリエイター塾」の取り組みを紹介します。

目立った産業がないからこそクリエイティブの力で町おこしを

野外での撮影の授業
塾生の中にはアジアの映画祭にノミネートした中学生も

 市民に映像クリエイターになってもらい、地域の魅力を発信してもらう自治体発のこの取り組み、その名も「合志市クリエイター塾」。2015年から始まり、今年で7回目を迎えます。これまでに13歳から68歳まで、延べ160名以上の「市民クリエイター」を輩出してきました。

 地元の魅力を届けたいと考える地方自治体は数多くありますが、発信手段自体を自治体主導でレクチャーしようとするケースはかなりレアなのではないでしょうか。この全国的にも珍しい取り組みを仕かけたのは、合志市の荒木義行(あらき よしゆき)市長。目立った産業がない合志市だからこそ、クリエイティブの力で町おこしをしようと考えたそうです。

 実際にプロジェクトを推進するのは、合志市役所職員の境さん。「塾生たちを見ているとワクワクしっぱなし。卒業後も生徒が繋がり続けていて、映像制作や勉強会などいろんな活動が起こっているんです。とてもうれしいですね」と話します。

世界に通じる「伝え方」の技術を学ぶことができる

ROBOT/ディレクター 清水亮司さん
ROBOT/ディレクター 清水亮司さん

 合志市とともに運営を務めるのは「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズや「STAND BY MEドラえもん」シリーズなど、有名作品を数多く手掛けている東京の大手映像制作会社のROBOTです。市民は、世界に通じる一流の講師陣による授業を、合志市にいながらにして受講できます。

 実際の授業では、機材の使い方など、いわゆる「ググればわかる」ようなことはほとんど教えません。なぜ伝えるのか、映像でどう伝えたいのか、どうすれば伝わるのか…クリエイターの秘伝のタレのような部分を学んでいきます。

授業の様子

目標は地元の魅力を自分たちで発信すること

個性豊かな塾生たち
年齢も経験もバラバラ。個性豊かな塾生たち

 それゆえでしょうか、合志市クリエイター塾からは、個性的な卒業生が多数生まれています。
 卒業生同士でNPO法人を立ち上げ、地元企業のPR動画やWEbCMを手がける永目佐智子さんは、こう話します。
「クリエイター塾で出会った仲間に助けられて、諦めていた映像制作という夢をかなえてもらいました。思いが同じならば、年齢差とか性別などを超えることができるんだと学びました。これからは夢をかなえてくれた合志市に恩返しがしたいです」

 加藤義和さんは、介護施設で働いていた頃に利用者の方々から戦争体験を聞き「命がけで生きてきた人の話を残したい」と思い、合志市クリエイター塾に参加。卒業後、息子とともに映像制作会社を起業しました。

 加藤さんは「チームで1つの作品を仕上げるという経験をして、才能を集めることで能力が何倍にもなるような経験をしました。今までは1人でなんでもできる自分を目指していましたが、不得手なことは得意な人にお任せした方がいいと気づき、人と連携しながら仕事をするように。クリエイター塾とそこで知り合った仲間が私をクリエイターにしてくれました。 70歳まであと12年ほど映像をつくり続けることが今の夢です」と話します。

 そのほかにも、映像制作会社を起業し、熊本の魅力を発信するYouTubeチャンネル「くまLOCCA」を立ち上げた卒業生が生まれるなど、合志市クリエイター塾創設時の「地元の魅力を自分たちで発信する」という目標が、徐々に体現されつつあります。

オンラインでの授業の様子
オンラインで地域を超えた交流と作品が生まれている

 地方では、映像クリエイターになることや、映像クリエイターとして生きていくことが難しいとされています。また、フリーランスや、副業という、都心では定着しつつある働き方も、まだまだ一般的ではありません。

 合志市で始まったこの取り組みは、「だれもが公平に、いい教育を受けられるように、また一生に渡って学習できる機会を広めよう」という、SDGsの「4,質の高い教育をみんなに」を体現するものともいえます。

 自治体発の取り組みを通して、地域に住む市民が新しい生き方の選択肢を得られるというのはとても尊いこと。そして、育つのはクリエイターだけではありません。地元の魅力の再発見の機会や、地元への愛着も育まれているのです。

 この取り組みが共感を呼び、合志市は今、日本全国の「発信力」に悩む自治体から熱視線を浴びています。2021年度は、青森県六戸町、石川県内灘町とクリエイター塾の共同開催が実現。コロナ禍で、オンラインでの人との関わりが当たり前になったこともあり、地域を超えて地方に住む市民同士の交流と作品が生まれています。

 たとえ与える影響が都会に比べて小さくても、着実に人生を自分の手で輝かせる人たちがいる。「発信力」が地方を変え始めています。

<取材・文/井澤梓>
大学卒業後、金融機関を経て、2010年株式会社ビズリーチの新規事業立ち上げに参画。法人営業や人材エージェントの新規開拓営業に携わる。
その後、独立し企業広報支援を開始。主にBtoB企業の発信力向上をサポートする。2020年に株式会社カタル設立。代表取締役に就任。