アマーロは、スピリッツにハーブなどを漬け込んだ苦味のある薬草酒。世界中で愛されているこのお酒を、日本でも広めたいと製造から挑戦している職人を、実践料理研究家の岩木みさきさんが取材しました。
築100年の古民家でアマーロづくりをスタート
2023年3月、知人の紹介で神奈川県相模湖駅のすぐそばにある伊勢屋酒造に伺いました。甲州街道9番目の宿場町、かつて武士が利用した休泊施設である旅籠屋が並ぶ小原の地に伊勢屋酒造はあり、築100年の古民家を改装して酒づくりを行っています。
代表の元永達也さんはウィスキーやアマーロ好きの元バーテンダー。ウィスキーの製造工程とその風土を知るべく、ウィスキーづくりの本場スコットランドへ何度も渡っていたそうです。2019年にスイスとフランスの国境エリアを訪れた際に、自然あふれる豊かな場所で大好きなお酒の製造ができたらいいなとイメージがわいたそう。ただしウィスキーの蒸留所を一から建設するとなると数億円という莫大な費用がかかることから、アマーロづくりに着目。
以前は認知度が低かったものの、2010年代からその魅力が見直される流れにあったこと、さらに日本でアマーロをつくっているメーカーが片手で数えられるほどしかないことから、ウィスキーからアマーロへのシフトチェンジを決意したそうです。
帰国して現在の作業場所にめぐり合い、2021年11月からアマ―ロの製造を開始しました。アマーロとはイタリア語で「苦い」という意味で、苦味を帯びたリキュールの総称です。整腸薬が起源とされていて、もとはワインにハーブを漬け込んだもの。豊かな香りと苦みのある味わいから、世界中で食前酒、食後酒などとして愛されています。一般的に知られているものだとイタリアのリキュール「カンパリ」などがそれにあたります。
主なボタニカル(植物)成分は「ニガヨモギ、キナ、ルバーブの根、ゲンチアナ」などの薬草ですが、ニガヨモギ以外は薬事法に触れるため日本では育てられないそうで、代替えになるボタニカルを考え、伊勢屋酒造では「タンポポ、アンゼリカ、トンカ豆、ネトル、ジャスミン、キャラウェイ、マリアザミ、ポップ、カルダモン、ワイルドカルダモン、フェヌブリーク、ブラッドオレンジピール」の12種を中心に20種類以上のボタニカルをセレクトしています。一部のボタニカルは自家栽培もされています。
1800年代のレシピを参考に製造
配合は今までの経験から生まれるイメージと、1800年代の書籍や近年出版された「アマーロ本」を参考にすすめているそう。超古典的な製造方法で取り組んでいる、元永さん初となるアマ―ロは「スカーレット」と命名され、緋色(ひいろ=やや黄味のあるの赤色)が特徴です。
筆者も普段から歴史書をひっぱり出してみその探求をしているので、元永さんと通じるものがあるように感じ、お話を聞きながら勝手にテンションがあがっていました。
現在製造中のスカーレットは全部で3シリーズ。2つのレギュラー商品を中心に季節限定シリーズがあります。レギュラー商品はベースのボタニカル25種類に、レモンバームやシナモンショウガなどを加え、甘味は甜菜糖を中心にグラニュー糖をプラス、少量の黒糖やはちみつでコクをたしてつくられています。
2つめはウィスキー好きな元永さんならではのシリーズ。20種のボタニカルを使用し、樽で数か月熟成させてスモーキーさをプラスすることに挑戦中。味わいがバニラっぽく仕上がるといいます。1樽200リットルの貯蔵用樽を40本所有、内装は天然のスイス漆を使用してつくられたこだわりの蔵は、強アルカリ製の効果でカビ臭を吸収し、湿度を保ってくれるとのこと。
ブラッドオレンジの果汁たっぷり、季節限定アマーロ
今回伺った際につくられていたのは季節シリーズのスカーレット「オレンジアマーロ」。レギュラー商品であるスカーレットはブラッドオレンジの皮を使用していますが、こちらは果汁すべてを手作業で絞ることに挑戦!
甘さと強いコクのある愛媛県宇和島産のブラッドオレンジをピーラーでひたすらむいたら皮は2日間天日干しにし、果実を包丁で半分に切って電動絞り機にひとつひとつあてて果汁を絞っていくのです。
今季の仕込みでは1200kgのブラッドオレンジを使用(1個約150gとして8000個分)!ブラッドオレンジの旬は3月中旬~4月上旬と短く、短期間で一気に作業しなければならない、まさに季節限定シリーズです。
通常のアマーロはアルコール度数30%前後ですが、このオレンジアマーロは15%と度数低めなので、とても飲みやすく仕上がっています。70名のサポーター「皮むきフレンズ」の協力ででき上がった「オレンジアマーロ2023」は、そのまま飲むはもちろん、暑くなったらミニトマトをマリネしたり、かき氷にかけてもおいしそうだなとワクワクしています。
大変な作業が多いなかでも、見たい世界に向かってひたむきに進む姿はとてもすてきだと思いました。好奇心にあふれ、探求心とこだわりを貫く元永さんはきっとこれから世界を舞台に活躍されていくんだろうな。熱い挑戦をこれからも応援し続けたいと思います。
<取材・文/岩木みさき>
実践料理研究家・みそ探訪家/岩木みさきさん
拒食症・過食症・ひどい肌荒れに悩み、食生活を見直し改善に成功。「日々の中で実践できることが健康につながる」と考え、「生産と消費のサイクルを紡ぐ」をテーマに、日本各地の現地取材、レシピ考案・撮影、ラジオやTVなどのメディアにも出演。日本の伝統調味料 みそに魅せられ日本各地のみそ蔵約70か所130回以上訪問、木桶みその輸出サポートも行なっている。Instagramでは日々のおみそ汁を発信。YouTubeも配信中。代表著書に『みその教科書』『1分 美肌みそ汁』。