電気の使用状況で健康管理。北海道沼田町の見守り支援システム

北海道沼田町では、2019年から家庭の電力データを活用して住人の健康を見守る世界初の実証実験行っています。2023年から全国へ展開するこの取り組みをレポートします。

家庭の電力データを使い住人の健康を管理

家庭の電力データを使い住人の健康を管理

 約2800人が住む沼田町は健康リテラシーの高い町として知られ、北海道有数の豪雪地帯でありながら「住みたい田舎ランキング」(宝島社発行の月刊誌『田舎暮らしの本』調べ)で4年連続No.1を獲得しています。

 コンパクトタウンを目指して駅を中心とした半径500m圏内に行政サービス、小・中学校やこども園、診療所、高齢者の介護施設、商業施設など、暮らしに必要な拠点を集約。
 町の中核施設として位置づけられるのが、2017年に設立された「暮らしの安心センター」。町立診療所やコミュニティカフェ、トレーニングルーム、デイサービスなどの福祉施設が1か所に集まって町民の健康を支え、さまざまな取り組みが行われています。

 そのひとつが、2019年から3年間行われた世界初の実証実験、「ICTを活用した健康づくり・見守り支援」。沼田町と奈良県立医科大学発のスタートアップ企業「MBTリンク」、東京電力グループ「エナジーゲートウェイ」、総合地域シンクタンク「北海道総合研究調査会(HIT)」の産官学連携の取り組みとしてスタートしました。

 ICTデバイス(分電盤に収納する小型の「電力センサ」)を使用して各家庭の電力データを「生活スコア」「食事スコア」「活動スコア」の3つのライフスタイルスコアに分類し、住人の健康を客観的に評価します。

3つのライフスタイルスコア
生活スコア:エアコン、テレビ、待機電力など
食事スコア:電子レンジ、冷蔵庫、炊飯器、IHなど
活動スコア:洗濯機、掃除機など

 分電盤にすっぽりと収納できる「電力センサ」は本体価格4万5000〜5万円で、設置にかかる時間は30分。月額1000円程度でシステムを利用することができます。

遠方に住む家族も安心の、ICTによる見守り支援

センサー

 取得された電力データはwi-fiを通じてクラウドに転送され、AIが家庭の電力使用量をリアルタイムでモニタリングします。住人のライフスタイルスコアは専用アプリに送信され、遠くに住む家族とのデータ共有が可能に。

 実証実験に参加したのは、50~60代の町民25名。実験の結果、電力データから見える化された3つのライフスタイルスコアにより、個人の健康を遠隔で見守ることができ、不調に向かう人の予兆観測、さらには重症化に向かわないための「気づき」の機会を提供することで行動変容を促す効果があることが判明しました。

 たとえば「掃除機をかける回数が減っている」「電力の使用量が前月より急に増えた」「夜中に冷蔵庫を開けるようになった」といったスコア変動が大きい場合は、ヒアリングを実施。可視化されたスコアを通じて情報が共有され、迅速な確認、対応、予防へつなげます。

 町の担当者は、「データを蓄積することで住民ひとりひとりの理解が進み、スコアに基づいた健康アドバイスが事前にでき、よいスパイラルが生まれています」と話します。

 実験に参加した住民からは、「自分の生活の改善点がわかった」「規則正しい生活をより心がけるようになった」「ライフスタイルの変化を把握・改善でき、行動を変えやすい。アドバイスもありがたい」などの声が。
 遠方に住んでいる家族からは、「アプリを通じて親のライフスタイルを確認できるので安心」「認知傾向が心配だったが、スコアから行動を把握でき、対応策も練りやすい」「サポート面において無駄が省け、非常に助かる」などの声があがりました。

「沼田モデル」を全国へ展開

データ連携の流れ

 沼田町が町ぐるみで取り組んだ世界初の見守り支援事業は「沼田モデル」として実装化され、2023年度より福島県や長野県、福岡県、奈良県、埼玉県、沖縄県などの自治体のほか、民間企業にもサービスを展開。また、他大学との共同研究も予定しています。

 生体データをスマートウォッチなどで計測できるウェアラブルなデバイスが進化していますが、生体計測機器や環境計測器を活用するのは、それなりのわずわしさもあるといいます。

 実際、沼田で実証実験を始めた2019年当初は、生体や環境計測機器などを活用して400項目ものデータを収集・蓄積していました。しかし、健康リテラシーの高い町民でも生体データを取るのは難しく、「抵抗なく計測できる仕組みはないか?」と探してたどり着いたのが、エナジーゲートウェイの「電力センサ」でした。

 2020年から実験に加わったことで参加者のライフスタイルスコア取得が飛躍的に前進し、被験者の方々からは「便利になって助かった」という声が多数、上がったそうです。

 医学博士でもあるMBTリンクの梅田社長は、「前月と比べ、とくにスコア変動が大きい場合はヒアリングを実施します。お話をうかがって、たとえばコンビニやお届け物で食事をすませていることがわかれば、『スコア低下は問題なし』と判断します。それら原因がないのに食事スコアが低下している場合は、身体・精神不調のサインとなります」。

 こんなふうに住人個々の傾向をしっかり把握し、相談・討議できるのは、スコアを通じた可視化による賜物です。3つのスコアは、それぞれの視点で日常からの逸脱を知る、とても役立つ指標になっているのです。

地域課題解決の糸口に

産官学連携代表

 沼田の町づくりを中心的に進めたのは、行政ではなく町民ひとりひとりでした。タウンミーティングを重ね、繰り返し町の現状を共有することで「自分ごと意識」を高め、未来像についても住民主体のワークショップで意思決定を図ったそうです。町職員の役割は、ワークショップでのファシリテーションでした。

 沼田町は、かつて町内に5つの炭鉱をもつ石炭の町。最盛期の人口は2万人を超えていたそうです。現在の人口は約2800人の沼田町は、「炭鉱の町」から「農業の町」への転換を遂げ、町立病院の建て替えを機に入院施設を廃止。町営病院の診療所を併設した複合型福祉施設「暮らしの安心センター」を設立しました。

 経済や社会動向に影響される地域の変容や縮小に、行政がどのようなコミュニティプランを描き、実現していくか。これからほぼすべての市町村が直面する少子高齢化・過疎化の課題を解決するひとつの好例を、沼田町は私たちに提示してくれました。

 健康見守りと行動変容促進への有効性が認められた「沼田モデル」は、近い未来、日本中、そして世界へと展開されていく予定です。

<取材・文/脇谷美佳子>

脇谷 美佳子(わきや・みかこ)さん
東京都狛江市在住。秋田県湯沢市出身のフリーの「おばこ」ライター(おばこ=娘っこ)。2児の母。15年ほど前から、みそづくりと梅干しづくりを毎年行っている。好物は、秋田名物のハタハタのぶりっこ(たまご)、稲庭うどん、いぶりがっこ、きりたんぽ鍋、石孫のみそ。