昔はみそやしょうゆなどの醸造用につくられていた「大桶」。すし飯用の木桶の大きいもの(直径・高さ2m大)のような桶ですが、現在、醸造用の大桶をつくる技術は日本でたった1か所だけ。この技術を継承すべく、小豆島の醸造所が木桶職人復活を目指して行っているプロジェクトを、実践料理家の岩木みさきさんが紹介してくれました。
木桶でつくられるみそ、しょうゆは全体の1%以下
木桶はまだプラスチック容器が広まっていなかった時代、食材などを運んだり保存したりするのに使われていた容器のひとつです。
職人がいなくなっていることや、桶から出る木くずが異物混入として問題視されるようになったことから、今ではみそやしょうゆのほとんどに、プラスチック容器が使われるようになりました。木桶仕込みで製造されるみそやしょうゆは、各生産量の1%以下だと言われています。
それでも木桶を使い続ける蔵があるのは、プラスチック容器の10倍、100年以上使い続けることができ、みそやしょうゆの味や香りをつくっている微生物が、洗浄しても木桶の穴に住み続け、その結果、蔵ごとの味わいを継ぐことができるためです。
しょうゆ屋が木桶職人復活プロジェクトを始動
本業はしょうゆ屋だけど、桶をつくっている人達がいる――。そんな情報を聞いたのは2016年のこと。
香川県小豆島にあるヤマロク醤油の山本康夫さんが始めた「木桶職人復活プロジェクト=桶プロ」に参加してから、今年で4回目になりました。
「木桶じゃないとつくれない味がある」と聞いたら興味がわきますし、料理家としては何百年も継がれてきた、そこにしかない味に出合いたいと強く思ったのがきっかけです。
参加者の多くは全国各地のしょうゆ蔵のみなさん、ほかには酒蔵、みそ蔵、編集者、デザイナー、料理家、ラーメン屋、商社や物流関係者など、全国各地から、木桶をキーワードに多種多様な人が集まって、大桶づくりがスタートします。
事前に用意してくださっている板1枚1枚を、接着材は使わずに、竹でつくった竹釘をさしてつないでいきます。
竹を編んでつくる「箍(タガ)」も、伝統技術のひとつ。木桶から液体が漏れないよう、板と板を締める役割を担います。竹は反ったら一瞬で折れてしまうので扱いは難しく、でも、しっかり編めれば木桶の収縮に合わせしなやかに締めてくれます。
竹に縄を巻いて箍の内側に入れる芯となる部分をつくっている作業の様子。板と箍をしっかり密着させ、ずれないように芯を入れます。みんなでかけ声を出しながらクルクルとひたすら巻くのですが、これが結構大変。でも、一体感が生まれます。
底板をつなぐ前に、みんなで思いを書いていきます。100年後、解体される時まで木桶のつくり出す味わいがすばらしいものになるように。100年後、そこにいる方々に伝統技術が継承されるようにと願いを込めました。
板をつないだ後は機械と手作業で丸く形をつくっていきます。ミリ単位の作業で、とくに集中力が必要です。そしていよいよ底入れ。「せーのっ!」のかけ声を何度も何度も繰り返しながら、微妙な差を感じ取りながら、均一になるように、底板を側板にはめ込んでいきます。深く入れすぎてもいけない、緊張を感じる瞬間です。
みんなで見守りながら、できあがった木桶に水を張って漏れのチェックをして完成となります。ぴったりハマるって、とてもすごいことだとあらためて思います。
木桶サミットも開催。伝統製法のみそ、しょうゆを増やすために
2020年は初めての試みとして「木桶サミット」が開催されました。多い日は1日120人以上が集まり、例年の作業だけでなく、木桶に携わる人達の話を聞いたり、情報交換の場となりました。
現状では木桶を使用した伝統製法のみそやしょうゆは1%ですが、それを2%に増やしていくこと、そして世界の1%として価値あるものにしていくことが目標です。
木桶職人復活プロジェクトは、「なにしに行くの?」「なにするの?」そんな質問をよく受けるのですが、その答えは「行ったら分かるよ」。何百年も前から継承されてきた技術は日本人の知恵や繊細さを感じ、ひとつひとつ意味があることに感動するし、木桶がつなげてくれる出合いは、揺るぎない人とのつながりを感じさせてくれます。
少し大げさな言い方かもしれませんが、私は生きていくうえでの自分の使命、生きる理由を見つけられた気がするし、料理家としてがんばるエネルギーをもらっています。「毎年、ここへ来たい。来年も必ず来よう。」心からそう思います。
消費者である私たちが生産者の思いを知り購入することで、おいしいもの、そして技術も一緒に未来につないでいくことができるのです。自分にできることをただひたすらに、コツコツと続けていくことが木桶という伝統の継承につながると信じて、「生産と消費のサイクルを紡ぐ」をテーマに、今日を歩んでいきたいと思います。
<取材・文/岩木みさき>
実践料理研究家・みそ探訪家/岩木みさきさん
拒食症・過食症・ひどい肌荒れに悩み、食生活を見直し改善に成功。「日々の中で実践できることが健康につながる」と考え、「生産と消費のサイクルを紡ぐ」をテーマに、日本各地の現地取材、レシピ考案・撮影、ラジオやTV等のメディアにも出演。料理教室misa-kitchenを主催。講演やイベント含む料理教室講師回数は1350回を超える。みそに魅せられ日本各地のみそ蔵約60か所100回以上を訪問。著書に「みその教科書」(エクスナレッジ刊)
岩木みさきオフィシャルサイト