「酢」は人間が手を加えてつくった最古の調味料といわれ、4000年の歴史があるとか。なかでも原料や製法にこだわった「黒酢」は健康にいいとされ、飲みやすさでも知られています。その黒酢を200年以上つくり続けているという「黒酢の郷」を、実践料理研究家の岩木みさきさんが訪れました。
信楽焼の壷の中で3年熟成させる玄米黒酢
鹿児島県霧島市福山町、桜島の絶景が見渡せる沿岸に「黒酢の郷」があります。今回は数ある黒酢の生産会社のなかでも、ホテルのスタッフさんやタクシーの運転手さんなど地元の皆さんがオススメしてくれた「桷志田(かくいだ)の黒酢」と呼ばれる酢を生産する、福山黒酢株式会社に伺いました。
一般に市販されている黒酢は、室温・湿度などを管理した工場で半年から1年の発酵熟成かけ生産されますが、桷志田の黒酢は、壷の中だけで3年熟成を行う製造方法です。長期熟成することでアミノ酸量が増え、コクやうま味が深まるため、販売する黒酢はすべて3年以上長期熟成した玄米黒酢のみという強いこだわりをもたれています。
桷志田の黒酢仕込みは、春と秋の1年に2回。信楽焼のアマン壷と呼ばれる壺に、蒸した良質な国産の有機玄米と、自社製の麹、福山町の湧き水を入れ、表面にフタをするように乾燥麹を均一に振りまき、屋外に並べられます。
福山町は良質な湧き水によりいいお米がとれるため、江戸時代に上級武士が、ご法度を破って田んぼを山奥へ隠してまでつくっていたことから、「隠し田んぼ」が鹿児島弁でなまって「桷志田(かくいだ)」という名称になったそう。名前の由来にもなった湧き水は硬度30度のまろやかな軟水で、黒酢造りに欠かせないといいます。
壺の数は圧巻の2万個!福山町でも最大規模
壺畑でお話を聞いていると、壺を開けて下さるたびに黒酢のとてもいい香りが広がります。アマン壷は壷自体が太陽熱を吸収し、対流や温度調節を行うため野外での発酵に最適なのだそう。使えば使うほど天然の酵母や酢酸菌が付着し、いい壷になっていくそうで、ここはみそで使用する木桶に通じるものがあるなと思いました。
仕込みが終わると、雑菌が入っていないか、きちんと発酵が進んでいるか、いい黒酢に育っているかと、黒酢杜氏が毎日ひと壷ひと壷、確認していくそうなのですが、自然に任せて製造される黒酢は、同じ時期に仕込んでもできあがり時期に差が出てくることも。空いた壺に仕込みをしていくため、並んでいる順に確認ができるわけではないという点も驚きつつ、黒酢杜氏の皆さんの技術と思いが必要なのだと感じました。こうした日々を繰り返し、桷志田の黒酢が完成します。
15年前に日本初の黒酢レストランをオープン
福山町の黒酢づくりは江戸時代にさかのぼり、200年の歴史がありますが、福山黒酢さんが黒酢製造を始めたのは2000年以降。代表の津曲泰作さんが50歳を迎え健康についてより深く考えるようになったときに、伝統製法で酢酸菌の保存を続けていた、初代黒酢杜氏の赤池力さんに出会ったことが始まりだったそうです。
黒酢文化をもっと広く発信したいと、生産を始めて間もない2005年には日本初の黒酢レストランをオープン。お店では黒酢を活用したコース料理を楽しめるほか、アテンドつきで壷畑の見学や、お土産販売コーナーで熟成年数の異なる黒酢を試飲できます。見て、聞いて、食べる体験が一度にできると理解が深まり、とてもすてきな場所だと思います。
行ったら絶対食べてほしいのは黒酢料理の代表「黒酢酢豚」、長イモが入っているのも特徴です。野菜はできるだけ自社農園で栽培、毎日焼いているという黒酢漬けにしたレーズンパン、しょうゆを付けなくても黒酢のコクでおいしくいただける黒酢めしのおすしなど、使用食材すべてにこだわられた数々の料理は、本当にどれもおいしかったです。
黒酢の飲み比べや黒酢ドリンクもいただきましたが、まるみのある味わいでうま味がしっかりあり、すっきりした後味でした。おすしに使用されているのは、地元の霧島サーモン、酢のもろみをえさに育ったサバなのだそう。何より、この味とボリューム、見た目のクオリティでお値段がリーズナブルなのもうれしいです。
取締役の津曲晋作さん、レストランの料理長、アテンドしてくださるスタッフさんなど、一丸となって黒酢のおいしさの追求、使い方の広がりと可能性を見つめ、挑戦し続けている姿勢に、もっともっとお話しを聞いていたくなる、また訪れたい場所になりました。
<取材・文/岩木みさき>
実践料理研究家・みそ探訪家/岩木みさきさん
拒食症・過食症・ひどい肌荒れに悩み、食生活を見直し改善に成功。「日々の中で実践できることが健康につながる」と考え、「生産と消費のサイクルを紡ぐ」をテーマに、日本各地の現地取材、レシピ考案・撮影、ラジオやTV等のメディアにも出演。料理教室misa-kitchenを主催。講演やイベント含む料理教室講師回数は1350回を超える。みそに魅せられ日本各地のみそ蔵約60か所100回以上を訪問。著書に「みその教科書」(エクスナレッジ刊)