偉人は歩く! 散歩旅とクリエイティブの意外な関係とは?

—[ふるさと旅を10倍楽しくする!/石田宜久]—

新型コロナウイルスの感染拡大により、心置きなく旅行を楽しめない状況が1年近く続いています。そんななかで「ソーシャルディスタンスを保ちつつ健康にもいい」と注目を集めた散歩。観光ホスピタリティコンサルタントの石田宜久さんが、散歩とクリエイティブの密接な関係について紹介します。

コロナ禍で再認識された散歩の魅力

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 コロナ禍では、テレワークや自由に人と会えないことによるストレスの緩和や、気分転換になるいうことであらためて散歩が注目されています。私も旅のプロとして、「安心して楽しめて、少しでも旅の感覚を養える工夫」としての「散歩旅」を取り上げてきました。誰もが気軽に楽しめる散歩ですが、歴史をひも解くと多くの偉人も散歩旅を日常的に楽しんでいたことがわかります。

 散歩界(?)ではちょっと有名な話なのですが、小話をひとつ。ある男性がアメリカのカリフォルニア州パロアルト地区を車で走行していると、危うく風変わりな人をはねてしまいそうになったそうです。慌てて振り返ると、そこには見覚えのあるジーンズに黒タートルネックの姿が。そう、男性がたった今車でひきそうになったのは、スティーブ・ジョブズだったのです。

 このパロアルト地区はAppleが拠点を置く場所で、ジョブズは日中頻繁に散歩をしていたことで知られていました。歩きながら考え、問題解決の方法を熟考し、ときにはグループで歩きながら会議をしていたといいます。また彼の大学時代には、生き方に迷走していた自分を考え直すために、インドを旅していたと伝記に記されています。

コミュニケーションをとる手段としても散歩は最適

 実際にスタンフォード大学の研究で、じっと座っているときよりも、歩き回っているときの方が創造的になることが明らかになっており、作曲家や執筆家などアイデアや創作の世界で仕事をする多くの人たちが、散歩好き、旅好きだったことが知られています。しっかり歩いて、新しい景色を見て、旅先でおいしいものを食べることで、行き詰まった仕事にも新しいアイデアが出てくるのかもしれません。

 スティーブ・ジョブズも歩きながらの会議を行なっていたと紹介しましたが、実はフェイスブックのマークザッカーバーグも、初めての人と会うときや、新しいアイデアを話し合う際には散歩をすることで知られています。散歩中は、注意が散漫になりにくく、会話に集中しやすくなります。また彼は大の旅好きでもあり、さまざまなアイデアを旅先でひらめいていたのでしょう。

 日本の不動産業が行った調査に「散歩中になにをしているか?」と尋ねたものがあるのですが、1位は「風景を眺めている」、2位は「季節を感じている」、3位が「一緒に歩く人と話している」という結果がでています。顔を突き合わせるわけではありませんが、散歩がじつはコミュニケーションがとりやすい状況だということが、この調査からもわかります。

 私も会議室などでのあらたまった会議となるとどこか構えてしまい、なにを話そうか準備をしてしまうところがあります。しかし、歩きながらだと自然な言葉で議論が交わせる。お互いのアイデアを円滑に表現して、スムーズなコミュニケーションが図れるからではないでしょうか。

偉人たちも歩き旅をしていた

箱根から見た富士山
東海道五十三次にもある箱根からの富士山

 現代のみならず、歴史を振り返っても偉人は歩き、旅をしています。ベートーヴェンもそのひとり。拠点であったウィーンを中心に各地に出かけたという記録が残っていて、その際に必ず鉛筆と紙を持ち歩いたそうです。かの交響曲第6番の「田園」はまさしくベートーヴェンが歩いた風景がモチーフになっています。今のチェコやドイツに出かけては散歩に出かけ、街を歩きながらさまざまな名曲が生みだしたのです。

 日本にも旅を愛した偉人がいますね。歌川広重もその1人。傑作「東海道五十三次」も、徒歩での旅で出会った風景の描写が元になっています。また、江戸から甲州街道を歩いて甲府へと向かった「甲州日記」も、屏風絵や襖絵として現代にも残されています。今では広重の作品は、アメリカやフランスの美術館にも所蔵されていて、欧米では広重作品の特徴的な藍色を「ヒロシゲブルー」と呼んでいます。旅の世界においても、広重の歩んだとされるルートは今でも散歩旅の愛好家たちが歩き、宿場には広重の痕跡を求めて立ち寄る人たちが後を断ちません。

旧甲州街道
数々の歴史的偉人が歩いた甲州街道は、今も旧甲州街道として残る

 コロナで外に出るのが怖いなどの理由はあるかもしれませんが、数分間でも時間をつくり屋外を歩くことで、よりよいアイデアを生み出すことができます。そして、いつか自由に旅ができる日のために、今こそ歩くこと自体を楽しむ習慣をつけてみませんか? 密にもなりにくいのでオススメですよ!

—[ふるさと旅を10倍楽しくする!/石田宜久]—

観光ホスピタリティコンサルタント 石田宜久さん
DiTHi(ディシィ)代表。世界最大規模の専門家ネットワーク・外資系リサーチ会社「ガーソン・レーマン・グループ」のカウンシル・メンバーを務める。これまでにセミナーや講演会、観光系専門学校の講師、島根県経営力強化アドバイザーなども経験。趣味は登山、ラグビー、スポーツ玉入れ