―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(27)]―
東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチシェフの夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落から忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。今回は、全員参加の重要作業、「水路掃除」をレポート。
稲作の村には共同作業がいろいろある
産山村に移住してきた当時は、来年は田んぼを借りてお米をつくろう! とはりきっていました。いろいろと教えてもらういい機会だ! と思い、同じ集落やお隣の集落の育苗のトレイをつくりにいったり、トラクターに乗せてもらいながら田植えを手伝ったり、コンバインが刈りきれなかった部分の稲を鎌で刈る手伝いをしたりしました。
一緒にお手伝いしながら「来年は自分たちも!」と思いつつ勉強を兼ねての見習い作業でした。お手伝いの当日は、その家のお母さんがつくってくれたおいしいお昼ご飯を、外に出したテーブルとイスに座り皆でワイワイ食べたりするのも楽しかったです。
秋の稲刈りを手伝った際は、お礼にお米を一袋いただいたりもしました。この集落だけでなく、稲作は皆での共同作業が意外に多いのです。
例えば私が覚えているだけでも、まずは共同で苗つくり。水につけていたお米を育苗用の土と共に育苗トレイに蒔いていく。それを育苗ハウスの中で水と温度管理をしていく。
次に田んぼのアゼ塗り。アゼ塗とは畔塗り。イノシシやモグラや雑草などで崩れたり穴が開いたりした畔のひび割れなどを塞いで整える作業。水が漏れずに、きちんと田んぼに水が張るようにするのが目的です。
私たちの目では皆同じような畔に見えますが、それぞれにやり方や考え方があるらしく、「あそこはこうだ」「ここはもっとこうする方がいい」などと、こだわりをもつベテランさんたちのなかでは、品評会が始まるほど。
そしてその品評会は「あそこの田んぼは雑草が多すぎるとか」「そこの田んぼの稲穂は実が入っていいね」とか、収穫時まで続くのです(笑)。皆よーく見ている!
さぁ今年こそは稲作を! と毎回思うものの…現実はそんなに甘くなく。私たちのキュッフェ農園は農薬不使用&化学肥料不使用の野菜作りと、ワイン用ブドウ栽培だけでも手いっぱい!! とてもじゃないけど田んぼ=稲作なんてできないね…となって今日に至っています。
想像しているものとはまったく違う水路掃除!
そんな稲作をしていない私たちでも、年に一度稲作が始まる前に、集落の皆プラス隣の集落の1家族と行う共同作業があります。それは、「水路掃除」。コロナ禍で集まる機会は減ったけど、大事な水路掃除は全員集合です。
言葉だけ聞くと、側溝に溜まった泥や落ち葉などを掻き出す作業かな? と思うでしょう。しかーし! 実際は、とてもとてもすごく原始的なことをするのです。
朝8時半に集落の一番山の上にある田んぼあたりにスコップや草刈り機などを持って集合。そこから更に川沿いにどんどん上流に登っていく。人が1人通るくらいの細い道を皆で落ち葉を取り除き、表面の土(とは言え、表面もその下も土なのですが)をスコップでどんどん掘って横に土を積み上げていく。
その作業をしながら、どんどんどんどん上へ上へと歩いて登って行く。途中、直径20センチほどのパイプが渡してあったり、踏み入れた足が上がらないほどの沼っぽい箇所があったり。
だいぶ行った先で道はなくなり、幅が広くなっている場所が現れる。そこでメインの作業をするのです。なんと、そこら辺に落ちている石や川の中の石を集めて積み上げ、水の流れを堰き止める石の堤防? ダム? プール? のようなものを造るのです!!!
毎年する作業なので跡が残っていてもよさそうですが、ただ単に石を積み上げているだけなので、近年多発している大雨などで流されてしまい跡形もなくなっています。
石だけではなくビニールハウスなどに使う大きなビニールも併用して堰き止めます。これがまた、どこからともなく隙間から水がじゃばーっと漏れて、なかなか堰き止まらないし水が溜まらないのです。
ベテランチームがあれこれ工夫してやっと水嵩が増えてきます。50cmくらいの高さに積み上げた石のダムが満タンになると、そこに道すがら見かけたものと同じパイプを入れ、そのパイプを何本か繋げカーブさせ、先ほど土を掘ったり、掃除をしながら歩いて来た道に水を流し込みます。
そうなのです。
歩いてきたけもの道のような細い細い泥の道こそが、じつは水路だったのです!!!! なんと土の水路!! その水路に流れ込む水は土に吸い込まれもせず、きちんと集落の田んぼに流れ込んでいきます。上の田んぼから順番に下の田んぼへと。
「水路掃除」、太古の時代から変わってない??
稲作の要は水の管理とも言われるほど水は重要です。いい田んぼは水の管理がしやすく、よくない田んぼは水の引き込みや水を溜めるのに苦労する、ということを数年見てきてわかってきました。だから水路はとても大事ですし、その水路掃除は重要なのです。
「この作業は稲作を始めた頃から変わっとらんとばい。大昔も同じように石を積み上げてなんとか水を田んぼに流そうとしとったど」、「ビニールがなか時代はもっと大変ったいね」、「ITだAIだ自動運転だって言っとる時代に何千年前と変わん作業をしとるとね。すごかばい!」
などと皆での久しぶりの会話を楽しみつつ、川に入って石を積み上げて水を堰き止めるというローテクな作業をしながら太古の稲作にまで思いを馳せたのでした。
ちなみに、ずいぶん昔は田んぼだったという畑を譲っていただきましたが、水はもう溜められないだろうと判断し、キュッフェ農園はそこで古代小麦の「スペルト小麦」を栽培中です。
折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストランasoうぶやまキュッフェを営んでいる。