伊賀焼、萬古(ばんこ)焼といった伝統工芸が盛んな三重県。歴史あるメーカーが新ブランドを立ち上げたり、若手作家や職人が移住したりと注目を集めています。今回はいなべ市でドイツパンの店を営む寺園紗也さんをご紹介。
材料自給率100%をめざすドイツパンのお店
三重県の最北端にある、いなべ市藤原町。名古屋から車で50分ほどのところにある小さな集落の入り口に、ドイツパンの店『フライベッカーサヤ』があります。フライベッカーとは、誇りをもってパンを焼くパン職人の意。ドイツで修行しパン職人の国家資格を取得したオーナーの寺園紗也さんが、仲間たちと切り盛りする本格的なドイツパンのお店です。
酸味の効いたライ麦100%のロッゲンブロートをはじめ、ヒマワリやカボチャの種など穀物がたっぷり練り込んであるメアコルンバウアルン、ドライフルーツがぎっしり詰まったフルヒテ。ずらりと並ぶドイツパンはどれも本場さながら。材料のライ麦や古代小麦は、寺園さんの夫・風さんが手がける無農薬栽培の八風農園のものを使用し、毎朝、使う分だけ石臼で挽くというこだわりようです(収穫量が少ないときは海外のオーガニック全粒粉も使用することがあります)。
「フライベッカーサヤのパンは、将来的に自給率100%を見すえた食材を使ってつくっています。フルヒテなどで使用するドライフルーツも、レーズンやイチヂクなど私たちの農園で収穫できる果物が前提。今はまだ海外のオーガニックのものを使っていますが、ゆくゆくはすべて農園でとれた果物でまかないたいですね」(寺園さん)
畑でとれないものは使わない、という方針でクルミなど輸入物の頼らざるを得ないナッツ類はシードに切り替えました。季節の野菜が練り込まれたフーガスやサンドイッチにはさむ野菜も、そのときに畑でとれる旬の野菜を使います。
「風くん(夫)の畑でとれたもので全部つくれたら幸せだなぁと思って」。寺園さんの口調は柔らかく、そうなることが自然の流れとしてあるように感じるほど。
ドイツで修業後名古屋で開店。田舎暮らしが転機に
寺園紗也さんは1980年名古屋市生まれ。埼玉の大学を卒業後、北ドイツの町リューベックで3年間修行し、地元の名古屋で「フライベッカーサヤ」をオープンしたのは今から11年前のこと。とにかくドイツパンのおいしさを伝えたいという思いが強く、オーガニックや食材の旬にも関心がなかったそう。
「冬でもサンドイッチには、キュウリとトマトが必要だと思っていました」と、当時を振り返って笑う寺園さん。
そんな彼女に変化がおきたのは、夫の風さんがいなべ市で農園を始めたことがきっかけでした。お店のある寺園さんは、週末だけ長男といなべに通うことに。豊かな自然に囲まれたいなべでの日々は、寺園さんの感覚をガラリと一変する力があったようです。
「季節の移り変わりを肌で感じ、旬のものを食べて、道に咲く草花で草木染めをする。自然の流れのなかで暮らすいなべの生活はとても心地がよくて。ここでパンを焼きたい、子育てもしたいなぁと思うようになり、第二子の出産を機に名古屋のお店を閉めて移住しました」
人との繋がりはおいしい幸せに繋がっていく
現在の場所で再オープンして丸2年。新生フライベッカーサヤで大切にしている「つくり手」について、寺園さんはこんなふうに話してくれました。
「ハムやチーズ、はちみつなど、パンに合わせる食材を選ぶときに、つくり手の顔が見えるかどうかは私にとって、とても大切なこと。だれがどんな思いでつくったものか、食材の背景にある思いを知ることで、つくり手である私たちにも気持ちが入ります。そして、その思いをお客さんにもきちんと届けたいんです。思いが伝わると心が満たされて、幸せでおなかいっぱいになるでしょう」
屈託のない笑顔にはそうだと思わせる力があり、自然の流れに身を任せるような心地よさも。「味わいのなかには(つくり手の)思いも入っている」という言葉に、寺園さんのフライベッカーとしての誇りも感じました。
Freibacker SAYA(フライベッカーサヤ)
住所:三重県いなべ市藤原町下野尻946-3
営業日:木、金、土曜日
営業時間:7:30-17:00
TEL:0594-37-5301
<取材・文>西墻幸(ittoDesign)
西墻幸さん
1977年、東京生まれ。三重県桑名市在住。編集者、ライター、デザイナー。ittoDesign(イットデザイン)主宰。東京の出版社で広告業務、女性誌の編集を経てフリーランスに。2006年、夫の地元である桑名市へ移住。ライターとして活動する一方、デザイン事務所を構え、紙媒体の制作や、イベント、カフェのプロデュースも手がける。三重県北部のかわいいものやおいしいものに詳しい。