決まるときは1軒目で決まる。花に埋もれた山奥の小屋に移住

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(4)]―

東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチのシェフである夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落で、忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。《第4回》

住みたいと思う家が見つからない

短期で借りている家に住みながら、熊本県の山都町で定住できる家と畑を探し始めました。山都町というところは農業県熊本でも有機農業が盛んで有名なところです。こういったところでブドウや野菜を栽培できたらいいなと思っていました。

ところが、たくさん空き家があるのに住みたい!と思う家が見つからない。家自体も薪ストーブだったらいいな、など希望がありましたが、それよりもまずは畑が家のそばにある暮らしが望ましい。

薪
薪ストーブの希望が叶った今。冬の薪支度が重要で今年割った薪は乾燥させ来年用に
 

数少ない知り合いに聞いていくつか案内してもらったものの、なかなか畑がそばにある住居には出会わず。畑も、ここならブドウを植えてもいいと思うよーという土地を見せてもらい期待が膨らむも、実際に家族や親戚に聞いたらダメだった、などもありました。

また「一等地の家だよ」と自慢げに見せてもらう家が、大きな道路沿いだったり、コンビニのそばだったり。

家の前が畑で、人はもちろん車通りもめったにないような場所を望む私たちと、少しでも賑やかな街の香りがする場所を一等地とする地元の方。場所に対する重要ポイントの違いを感じたりもしました。

直感が働いた? 久しぶりに会った方が物件キューピット

なんとなく家探しが行き詰まってしまったある日、気晴らしに大分県にあるワイナリーに行こうと主人から提案がありました。

久住ワイナリー
久住ワイナリー。なだらかな斜面の一面がブドウ畑
 

熊本市内に住んでいたときから訪れていた「久住ワイナリー」。ペット同伴可なのも私たちにはうれしく、ヨーロッパのブドウ畑のような柵仕立ての景色を愛犬といっしょに眺められる、とても気持ちのいい場所でした。

秋のはじめ、収穫の終わったブドウの木や、まだ木に残っていたブドウの実を眺めながらボーっとしているときに、ふと、隣接する産山村に、おつき合いのあった農薬不使用の野菜の生産者さんがいたことを思い出しました。

せっかくだし会いに行こうか! と久しぶりに連絡を取り、タイミングよく会えることに。このときはまだお会いして2、3度目の方々でしたが、地震の話や近郊報告などで盛り上がったのです。

ひと通り話し「…という事で、今住める家と畑を探してるんですよ」と言った瞬間、「もうすぐ空く家があるから見に行きますか?」との提案が。行きます、行きますと、2つ返事で連れて行ってもらったのが、今の家でした。

案内してくれる車についていきながら、細い道を上ったり下りたり。どんどん山奥へ。まだ着かないのかな、いったいどこまで山奥に行くのだろう…。

やっと着いたその先で初めて見た光景は、いまも忘れられません。季節は秋、一面に広がる色とりどりのコスモスが、風に揺れながらきれいに咲いていました。

コスモス
毎年毎年こぼれ種からコスモスが咲く
 

そこには、花の中に埋もれた、小屋のような風貌の住家と色彩が異国のようなかわいい道具小屋。そして、のちに店舗に変身する元牛小屋の納屋。

万人受けする物件ではないようで、見てもらった熊本の友人たちの反応は、ほとんどがイマイチ…。ましてや「この納屋をいつかお店にしたいな」なんて話しても、冗談でしょ? と言われ…。

ですが、小屋好きの私は、この3つの小屋をひと目でとても気に入ってしまったのです。そのとき、案内してくれた方が鍵を預かっており、許可をいただいたうえですぐに見学をさせてもらいました。

1軒めで決まるときは決まるのだ

家は外観こそ小屋のようでしたが、中は改築されていてオール電化! 2重ガラスのサッシ窓! お風呂はユニットバス! 庭に井戸もあり、ありがたいことにすぐにでも住める家でした。またラッキーなことに、古い柱や壁を一部再利用した屋内は和風テイストでしたが、アレンジ次第で洋風にもなるシンプルな床と壁だったのです。

牛小屋
かつて牛小屋だった納屋。後に店舗に変身する
 

ちなみに、私たちが見た古い一軒家は大概、広すぎて寒く常に隙間風、お風呂は五右衛門風呂をガス釜に変えたタイル張りの昔っぽいタイプでした。長い間人が住んでない家は、床があちこち凹こんでいて水回りはリフォームが必要。さらには浄化槽を入れるところから始まる物件も多く。

市町村によっては、浄化槽の補助金や移住に対しての優遇措置はありますが、そこまでリフォームが必要だと、住むまでに時間やまとまった金額の投資が必要になります。そこを飛び越えて住める物件は、本当にありがたい!

「気に入ったならば役場に行きましょう」。そう言われ、訪ねた役場で最初に対応してくれた女性が、偶然にも熊本市内での私たちのお店を知っていたこともあり、とても親身に相談に乗ってくれて、するするっと移住が決まったのです。

決まるときは決まるのだ。
移住の一番の苦労が「住める家探し」と聞いていたのに。100軒見ても決まらない人もいるのに。

雪景色
移住して初めての冬。めったに車も通らない家の前の道。雪が降り積もると幻想的な世界に
 

あまりにもすんなり見つかったので、いいのかな? と不安になり、その後もほかの市町村の空き家バンク(役所に登録されている空き家の紹介システム)に登録し物件を見ました。必要書類に登録すると情報が提示され、気に入った物件があれば見学も可能。産山村には移住をサポートするサイト「暮らし産山 移住定住サポート」があります。

ブドウづくりに適していそうな市町村を訪ね、いくつか空家を見学させてもらいましたが、やっぱり産山村のコスモスに囲まれた小屋風の家がいちばん印象的で実用的だったのです。

そして、2016年秋に、私たちは産山村の限界集落に移住しました。

 

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし]―

折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストラン「Asoうぶやまキュッフェ」を営んでいる。