山奥でレストラン 3世帯6人の限界集落に夫婦で移住しました

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(1)]―

東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチのシェフである夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落で、忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。《第1回》

熊本県の山奥にある3世帯の限界集落。お隣さんは大分県の人

人口1518人。651世帯。2019年11月現在の産山村の人口。村のホームページによると、産山村は熊本県の最北東部にある村で、阿蘇外輪山や久住連山や祖母山などの山々に囲まれた標高500~1050mの高原型農村だそうです。

熊本県産山村
山吹水源そばの産山名物「扇棚田」。田んぼの水に映る星空も美しい
 わが家の標高は650m。また片方のお隣さんの家は隣県の大分に属するというリアル県境。3世帯人口6人の小さな小さな集落に約3年前に移住しました。6人の内訳は90代1人、80代1人、60代1人、50代1人、40代2人。最も若手の40代の2人が私たち夫婦。そのうちの1人はあと2か月で50代に。それが私です。私はこの村にとって貴重な1/1518の村民。1/729の女性。

そんな私はどんな人かといえば……いつか自然に囲まれていなか暮らしがしたーい!! という願望はゼロ!古着とオシャレが大好きな女子でした。美大を卒業して大手おもちゃ会社に就職し、その後、服飾雑貨のデザイナーの仕事を経て、フリーで何社かとデザイナー契約をしながら、個人で古着やアンティーク雑貨のセレクトショップを開業。お店は代官山の裏路地にあり、営業は週末限定。内装は自分や友人とで思い描いたとおりに改装しました。

年に何度も海外へ行き、買いつけた古着や雑貨を丁寧に手入れし並べ、好きな物だけを集めた空間。ディスプレイした服に合うブローチがなかったので自作し販売。それがきっかけで、ハンドメイド関係のお仕事をいただき本も何冊か出版され、いつの間にか雑貨クリエーターという不思議な肩書がつきました。

雑貨クリエーター
自分の好きな物だけを集めた、代官山のお店
「どうせ大変ならおもしろそうな方向へ!」と行く道を選んできた結果、生まれは東京・洗足池、学芸大学や広尾や目黒などに住み、「ザ・トウキョウ」を自由に楽しむ自分を「いいねー!」と思ってたのに、いまは限界集落住民になっているのです。人生摩訶不思議!お世話のほぼいらない多肉植物でさえ枯らしてしまう人が、農業者に。人生摩訶不思議!!

落ち葉たい肥、燻炭、灰で土づくりも仕事のひとつ

そんな私の生活は、平日は畑で農作業です。私と夫の野菜づくりは農薬不使用、化学肥料不使用の少量多品目。なので、土づくりは重要な農作業です。集落の入り口の坂道に大量に落ちる秋の枯れ葉を軽トラで何回も往復しながら運び、小さな山をつくります。水を掛けながら踏み込んで、ビニールをかぶせ、“落ち葉たい肥”を半年かけてつくるのです。その中にはたくさんのカブトムシの幼虫やさなぎたちが生きています。

あとは燻炭。きれいな水源から水をひき、お米づくりをしている産山村では、何トンもお米のもみ殻がでます。それを炭にして燻炭を自作します。こちらも秋から冬にかけての作業のひとつ。それと自宅などの薪ストーブから出た灰。落ち葉たい肥、燻炭、灰。この3点を土に混ぜ込み、野菜づくりをしています。

産山村で農業
夏野菜お届け先のKさんが撮影。トマトだけでも6種類育てた
 野菜は種から育てています。植える野菜に合わせた畑づくり土づくり、収穫終了後の畑の片づけ、そして同時進行で種まきから育苗。移植や定植や間引きと次から次へと作業が待っています。

畑作業は天気や気温にも振り回されます。この生活を始めてから、毎朝晩いくつかの天気予報サイトをチェックするのが日課です。秋から冬の今の時期は、夜間にどれだけ気温が下がるのか、判断ミスをするとせっかくの野菜がダメになってしまうこともあるのです。そんな野菜たちは、通販したり、熊本市内の飲食店へ卸させてもらったりしています。それでも、野菜だけの収入ではまだまだ農業で食べていけていないのが現実。

そしてもうひとつ多大なお世話をしているのは「いつかは自家製のワインがつくりたいなぁ」と思って植えたブドウ約1000本! 標高800mの畑にワイン用のブドウを10種類以上植えました。ブドウ畑からは九重連山や阿蘇山が見え、眺めがよく作業していても気持ちがいいです。機械を使わず人力で開墾しているので、まるでドラマの『北の国から』のような苦労も多いのですが、今はまだまだ数年は実をつけさせずに、幹や根っこに成長してもらう予定。これまた支出ばかり。

熊本県産山村
野菜畑にもブドウ畑にもちび青カエルがたくさん
 そして土日祝は、農業者からシェフとマダムに変身し『asoうぶやまキュッフェ』という名前のレストランをしています。

asoうぶやまキュッフェ
今年の春先の風景。元牛小屋を改装したお店は石組みの暖炉もつくってもらった
 asoうぶやまキュッフェは、築80年くらいの(と聞いた)元牛小屋だった納屋を1年間かけて古民家再生の大工さんと共に改装しました。錆びたトタン屋根とペンキを塗った扉の小屋。外観からは想像できないような店内では、自家畑のオーガニック野菜とジビエ(イノシシやシカ)料理をコース仕立てで提供しています。農作業で真っ黒に日焼けした夫は、東京のフレンチで数年修業していた料理人でもあります。そんな私たちは東京から移住し、数年前の大分・熊本地震までは、熊本市内でやはりレストラン&カフェをしていたのでした。

牛小屋改装や飲食店開業などのお話は別の回で。次回は、限界集落・リアル産山ライフについてお伝えします。

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし]―

折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストランを行っている。