―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(29)]―
東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチシェフの夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落から忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。今回は、例年とは異なる春の気候についてレポート。
今年はいろんな作物の旬が一瞬で過ぎる
阿蘇地域は3月の野焼きが終わると、野山が真っ黒になります。産山村も鮮やかな色みがなくなったモノトーンの色調の景色が広がる。その景色を見ながら「あぁもうすぐ春だなぁ」と思うのは産山村民はじめ野焼きの風習が残る地区あるあるです。
野焼きから10日くらい経つと、真っ黒な大地からぽつぽつ緑が芽吹き始めます。野に生きる野草たちです。本当にたくましい生命力。野焼きをして真っ黒になった大地は、熱を吸収し保温しやすく地温が高くなるので、芽吹きやすくなるようです。
2週間ほど経った山肌には、ワラビやフキノトウやゼンマイなどの山菜が出始めます。収穫した旬の食材をお店では前菜で出したり、家では山菜天ぷらなどにしたりして、5月中旬くらいまで楽しむのが例年の流れでした。
ところが、今年は一瞬でワラビもフキノトウも終わってしまったのです。毎年恒例のテラスで山菜天ぷら&白ワインを楽しむ夕飯を一度もしてないのに! 本当にあっと言う間でした。
異変は山菜だけじゃありません。お店の前に植えある河津桜もいつもと違いました。あっと言う間に咲き、あっと言う間に散っていった…。これまた毎年恒例の愛犬と桜の撮影もできないうちに。
たった一度のうっかりでバジルが全滅
この冬は雪も降り2月は数十センチ積もったりしました。2週間近く昼も夜もマイナス気温が続くような冬でした。
と思ったら、急にぽかぽかと暖かい昼間が続き、去年の秋に植えたソラマメやインゲンたちが急に成長したり、イチジクの新芽も早々に出たり。
このまま春かな?と思ったら、急にマイナス2℃の夜が…いわゆる春の遅霜です。この遅霜が数回繰り返されました。
昼間と夜の気温差が20℃前後ある日々、これがまた本当に厄介…。
春?と思って無防備に成長してしまったインゲンやソラマメたちの苗が、霜にやられて1/3ほど枯れてしまったり、春だぜー!と勢いよく出たイチジクの新芽も黒く枯れてしまったり。
ゴールデンウィークでお店の営業が忙しくなる前に畑に定植しよう!とはりきって植えたバジル。寒い3月に育苗ハウスの中で種をまき、お世話して育ててきた苗です。これも突然来た遅霜にやられ、黒く縮んでしまいました。昨日までちびっこながらも生えていた場所には、なにも残ってなかったのです。
何度も何度も天気予報アプリでチェックして、育苗ハウスを開けたり閉めたりして温度調整して、育苗管理してきたのに、たった一度のうっかりで全滅させてしまいました。
気候変化への対策は毎日向き合うこと
そんななかで、ワイン用のブドウも遅霜にやられないかと恐々としましたが、出始めたばかりの新芽はのんびり成長だったので無事でした。
そして今度は、夜の気温がマイナスになることがなくなった途端、急に気温の高い日々が続くようになりました。
そのため、春の大根やカブもいつもの様に長く収穫を楽しませてはくれず、あっという間にトウがたって花が咲いてしまいました。
阿蘇地区名物の手で折って収穫する「春の高菜折り」(阿蘇名産の高菜を収穫し、漬け込みを行うこと)も長いときはゴールデンウィークまで収穫なのですが、こちらもあっと言う間に収穫時期が終了。
まだ農作業を始めて5年目ですが、こんなにも違ってくるのか!?とびっくりしています。ブドウや野菜の開花の頃に長雨だと受粉がうまくいかないのに、今年は1か月以上も早い梅雨入り。
予想できない気候の変化にドキドキしつつ、これからは例年通りではなく、目の前の野菜や植物の成長を毎日見ながら、その時に必要なお世話をしなければと実感しています。
折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストランasoうぶやまキュッフェを営んでいる。