移住者あるある。夫婦ゲンカしても家出をする場所がない…

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(30)]―

東京生まれ横浜&東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチシェフの夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落から忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。今回は、移住後に起こる夫婦あるあるについてをレポート。

ずっと夫婦一緒でひとりの時間がない

共同作業
レストランでも共同作業は多い

 移住して困ったことは?とよく聞かれますが、移住前は考えていなかったことが意外とあるものです。今回は、そんな、移住夫婦あるあるのひとつ「ひとりの時間」についてのお話です。

 よくお店のお客さまに「ご夫婦で仲よしですねー」と言われますが、朝昼晩プライベートも仕事も一緒だと衝突することはもちろんあります。

 熊本市内で経営していたレストランでも職場は一緒でした。ですが、いつも数名のスタッフが同じ空間で働いていましたし、たまに友人とランチに行く時間をつくったり、本好きの私は休み時間に本屋で時間を過ごしたり…と、ひとり時間も十分楽しんでいたのです。

 それでも衝突した時はふらっと休みの日に街に出かけて、髪を切ったりすてきな洋服を眺めたりして、いくらでも気分転換ができました。

 ところが、産山村に来てからはなかなかひとり時間がつくり出せない。本当に正真正銘、朝から晩まで一緒。自宅が個室のない間取りなのも一因ですが、ふたりで協力し合わないと出来ないことばかりになったのが大きいです。

ペーパードライバーの方向音痴でも運転ができるように

キュッフェの車
軽トラックのキュッフェ号(写真:オオノサトミ「地域おこし協力隊」)

 大学生の頃に宮沢賢治に惹かれてわざわざ岩手での合宿で車の運転免許を取った私は、岩手で運転したっきり、地元の横浜や東京、熊本市内でも車の運転なんて一度もせず、免許証は身分証明書のようなものでした。

 なので、村に移住してきた時は免許習得から25年くらいのスーパーペーパードライバー。買い物に行くのでもなんでも、夫と都合を合わせないと行けないという状況。加えて私は昔から異常なほどの方向音痴で、たとえば百貨店などは入った場所からは出られたことがないくらい。

 ペーパードライバーに方向音痴ときたら、ひとりで行ったことのない土地勘もない場所に車で出かけるのは、もう未知の世界へ手ぶらで探検に出るくらいの大冒険! しかも移住1年目は車が1台しかなく、夫が車で農業大学に行ってしまうと家から出る手段もありませんでした(それはそれでひとり時間をたっぷり楽しんだけど)。

 その後、農業をするうえでも車がひとり1台は必要となり移住2年目に購入しました。そして月日は経ち移住5年目の最近になって、やっとカーナビと携帯のグーグルマップを駆使してひとりで出かけられるようになり、ひとりドライブが楽しくなってきました。とは言え、外灯もない暗い夜道や霧が出て視界が真っ白になる道は運転できる自信がないので、ひとりドライブは昼間に限ります。

 ちなみに、車のいらない生活から移住先で必要にかられて、無理やり車の運転ができるようになるのも移住者あるあるです。

朝から晩まで農作業で忙しい時期は衝突も増える

ブドウ畑
1700本のワイン用葡萄も基本2人でお世話(写真:オオノサトミ「地域おこし協力隊」)

 農作業のたくさんある季節は、朝ご飯を食べながら今日の作業の打ち合わせをします。
 今日の天気は? 雨は降る? 温度は何度くらい? 車で5分のブドウ畑からスタート? それとも目の前の敷地内の野菜畑からスタート? 山のようにある必須作業のなかでどれを優先しないといけない? 2人じゃないとできない作業はなに? ひとりでできる作業はどれ?

 農業に関しては夫が主導で計画を立てて、2人で実行していきます。ですが農薬不使用&化学肥料不使用の手間のかかる農法なうえに、勉強熱心とはいえ夫も農業新米なので「それはこうしたほうがよくない?」「その作業って必要なのかな?」と迷ったり意見を出し合ったり。

 そんなとき、お互いに機嫌が悪いと衝突してしまう。なるべくそう思う理由を話し合うことで衝突を避けています。それでも朝から晩まで農作業で忙しい時期は、お互い疲れてイライラしてしまうのです。

 たとえば私の場合、畑にいると「奥さんは、畑仕事はしないんでしょ? たまに手伝ってるくらいじゃないの?」と言われることがあります。こんなに毎日汗だくで畑作業しているのに、私もやりたいから野菜づくりやワイン用ブドウづくりをしているのに、夫のオマケじゃないにと、ちょっと納得のいかないことも。

 また、野花のリースやハーブティといった加工品や野菜セットの注文をいただいたときは、すぐにでも制作に入って早くお客さまに送り届けたいなぁ~、リースづくり進めたいなぁ~などと思うのです。

 そんなときに疲れていると「この作業もっと効率よくできないのかな」「一緒に作業してあげているのに、なんで余計なことをしてさらに時間がなくなるのかな」などと思ってしまい、作業の手直しなどを言われると、ついつい不満顔になってしまったり。

 さらには昨日1日かけてやった作業が天候によって無駄になり、今日またやり直し! なんて言われると、その1日がまるで消えてしまったかのようでガックリ。そんなときにもめちゃめちゃ不満タラタラになってしまう。

衝突した時の解決方法を用意することが大切

野花のリース
野花のリースとハーブティのセット商品

 気分転換に出かける場所をまだ見つけてないのに衝突はつらい…。そこで、解決案を考えました。週に1~2日の半日は夫との作業はおいておき、自分のやりたいことだけをする時間をもつことにしました。もちろん日々自然が相手なので、絶対とはいきませんが、そういった時間を毎回交渉なしに持てるだけで気持ちに余裕ができたように思います。

 移住して環境が変わり、夫婦とも新しいことにチャレンジすることばかりです。心に余裕がなくなったときは、街では無意識にできていたことを、言葉や形にする作業が夫婦間でも大事なことだと思います。移住を考えている方は、準備リストに「家出できる場所を確保する」をこっそり入れることをオススメします(笑)。

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし]―

折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストランasoうぶやまキュッフェを営んでいる。