「また来たい!」天空の暮らしと食を体感「うぶやま旅」が大好評

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(5)]―

東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチのシェフである夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落で、忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。《第5回》

「こんな田舎にお客さんに来てもらってなにするかー??」

 2019年の秋から冬にかけて私たちの住む集落を含む山吹地区は熱かった!!

 何日も何度も、農作業や畜産作業が終わった夜に、公民館に集まってこたつに入りながら話し合う。地元の元気な年配の方々と、なにかやってみたい若手の方々と、よそから来た私たち…。

 山吹地区はこじんまりしていて、みんな顔見知りでもあるし、穏やかな方々が多く仲がいいとほかの地区からもよく言われます。移住してきた最初の頃にも、年配の方に言われました。「あんたらも俺らを利用したらいい、俺らもあなた方(=移住者の感性や物の見方)を利用するから~」と。

 回りくどいのが苦手な私は、なんだかわかりやすくオープンでざっくばらんでいいじゃない!とうれしかったのを覚えています。長老の域に入る方々も元気で、親切。畑仕事はもちろん公民館でしめ縄を教えてくれたり、わが3世帯限界集落にある炭小屋での先生をしてくれたりします。

しめ縄
教えてもらった「しめ縄」。旦那の初作品

 炭小屋の中での木の組み方や石蓋の閉じ方火の入れ方、煙の読み方など、経験でしか得られないものも惜しみなく教えてくれました。そして、作業の合間に話してくれるこの地域の昔の話は、まるでごほうびのようにおもしろいしワクワクするのです。

 そんな仲のいい山吹地区が、なんと農業と観光のモニターツアー先に選ばれたのです!(*都市部からの交流人口を増やし、過疎化する農山村で持続可能な地域つくりにつなげることを目的としたモニターツアー。熊本県企画、JTB販売)

 標高約500~1000mにある天空の村の、稲作と畜産と原木シイタケがメインの産業のこの地区が、福岡からのツアー客約30人をお客様として呼ぶのです!
「こんな田舎にお客さんに来てもらってなにするかー??」と、熱い思いでみんな盛り上がりました。

案内したい場所、食べてもらいたいものがいっぱい

 熊本100選の山吹水源を見せたい、絶景の棚田は必須、きれいな水でつくるお米も食べてほしいし、原木シイタケも食べてほしい、燻製のイノシシも…と、さまざまな意見が出る、出る。

 どうしたらこの地区のよさが伝わって、楽しんでもらってまた来たいと思ってもらえるのか? みんなで日々真剣に考えました。

扇棚田
山吹水源そばの扇棚田からの風景

 しめ縄つくりとクリスマスリースをつくることは、初期段階から決定。しめ縄の先生には年配者から指導を受けた地域協力隊の方が、雑貨クリエイターである私はリースつくりの先生に任命されました。

 クリスマスリースの素材は、地区の自然素材を使いました。みんなで集めた牛ゼンマイやススキやあすなろなど、産山の植物たちです。

テーブル
地元の草花で作るクリスマスリース作りの会場準備風景

 いろいろと決まっていくなかで、大事な食事はどうしようかと。
「この地区に昔からあるお店のお料理を食べてもらえばいいんじゃない? おいしいし喜ばれるし」という当初の意見で、ほとんど決まりかけました。

 でも私は、漬物の名人のおばちゃんにも、こんにゃく名人のおばちゃんにも、お煮しめ名人のおばちゃんにも活躍してほしかったし、この地区の1人1人に活躍してほしかったのです。だから、みんながいつもつくっている自慢の料理、普段食べているこの地区らしいものを出したらどうかな?と思いました。

 よそからみたら原木シイタケの南蛮漬けだって、こんにゃくイモの栽培から手がけるこんにゃくだって、ゼンマイの煮物だってぜいたくでスペシャルな料理。だけど、当たり前のように食べている地元の方にはピンとこないようでした。「地味じゃない?」「普通のおかずならボリュームで喜んでもらうしかないんじゃない?」「おカネもらっていいの?」という声。

 そこで、「山のなかだからこそできる驚きのある食卓」になれば、きっと満足してくれるはずと考え、木の切株をお盆に見立て、葉っぱや木の実を使った盛りつけを提案しました。
 なかなかイメージがわかないところに、実際の切株と葉っぱを使って説明すると、みんな喜んでくれすんなり決まり!!

切株御膳
地元の食材&素材を使ったごちそう切株御膳

 山野草の先生と呼ばれる方が、何百枚もの落ち葉を丁寧に1枚1枚新聞に挟み圧し、きれいな敷葉に仕立ててくれました。森林の仕事をしている方は、仕事の合間に30枚以上の杉の切株を切りだしてくれました。

「また産山へ来たい」という声。大成功に終わったツアー

 当日も朝早くから、女性たちが郷土料理の「だご汁」づくりや盛りつけなどに参加し、まかないチームもスタンバイ。

 軽トラックを売店に変身させた「うさぎのマルシェ」は、山吹地区の若いお母さんたちが、軽トラの飾りつけから大活躍。山吹水源の美しく澄んだ水でつくったお米、手づくりこんにゃく、野菜たち、炊き込みご飯、おはぎ、梅干し、お漬物などを元気に売ってもらいました。

 ずーっと晴れの日が続いていたのに、当日はあいにくの雨。でも、わずかな晴れ間に山吹水源と棚田を見学して、湧き水を利用した養殖池のある産山水魚園にて切株御膳を堪能、由緒ある乙宮神社でのしめ縄つくり、牛小屋を改築したasoうぶやまキュッフェでのクリスマスリースづくり、ビニールハウス内に停めたうさぎのマルシェ。
 産山村の自然、風景、文化、味を楽しんでもらいました。

退村式
ツアーの始まりには入村式。終わりには退村式を開催した

「またぜひ産山に来たい」とうれしい言葉をいただき、福岡から来てくれた32名のお客様は、笑顔で大満足で帰られて、このツアーは大成功! 男性チームが活躍したのはもちろん、家庭の都合で夜の打ち合わせに参加しにくかった女性たちも、ニコニコと活躍できたのはいちばんの収穫だったと感じました。

 ありきたりな言葉だけど、本当に1人1人が協力しあって迎えたツアー。この地区に移住してきたのも、移住ラッキーのひとつだったな~と、しみじみ思ったイベントでした。

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし]―

折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストラン「Asoうぶやまキュッフェ」を営んでいる。