Uターン、Iターンで見えた地方の豊かさ。共感で伝統を継承したい

 小さな集落との交流を続け、そこから見えてくる“日本らしさ”を舞台表現という形で発信するユニークな団体「GOKIGEN Nippon」。地方の新しい楽しみ方を提唱するライター・大沢玲子さんが同団体の活動について紹介した前編に続き、後半では実際に小さな町村にUターン、Iターンを果たした3人の本音トークをお届けします。

トークセッション
ⒸGOKIGEN Nippon

3人のUターン・Iターンの経験から見えてきた地方の豊かさ

 日本の小さな集落を巡り、地域に根付く“日本らしさ”、その魅力を発信し続けるユニークな団体「GOKIGEN Nippon」。2019年末、設立から2年を経て、活動の集大成として開催された“GOKIGEN祭り”についてレポートします。

 前編で紹介した活動の概略を経て、ここでは同団体が交流を続ける3地域に住むゲストスピーカーによるトークセッションの模様をお届けします。

 登壇したのは福島県三島町の井口恵さん、富山県南砺市利賀村(なんとしとがむら)の宮本正義さん、福岡県糸島市の志田浩一さん。宮本さんは故郷へのUターン組、井口さんと志田さんはそれぞれ横浜、東京からの移住組です。それぞれの地域についての簡単な紹介を経て、テーマは気になる「なぜその地を選んだのか」に移ります。まず最初に語ったのはUターンの宮本さん

「私が住む利賀村は近隣に高校がなく、高校進学の際、親許を離れなければなりません。そのまま村を離れてしまう人も多いんですが、私は村を出発するバスの中で『必ず戻ってくる』と固く心に誓ったんです」

 その言葉通りUターン。現在、3人の子を持つ父として自分の子供時代の体験を踏まえ、利賀村ならではの暮らしのあり方を子どもと一緒に共有したいという思いがあるとか。

山や川で遊び、夜はキレイな星を見ながら家族で語り合う。一緒に畑を耕し、山に山菜を取りに行く、魚を釣るなどの体験を通して、食の大切さも学んでほしいですね。また、お年寄りも子供たちも、楽しいことがあれば歌い、踊る、三味線を演奏する。暮らしに根付く伝統芸能の豊かさも体感し、引き継いでくれればと思っています」

 井口さんが移住した福島県三島町は1年の半分は深い雪に覆われる人口1600人、65歳以上の高齢者が50%超を占める小さな町。井口さんは、そこで植物の蔓や樹皮、草などの自然素材を編んで作る暮らしの道具、編み組細工の伝統技術を継承する活動をしています。

 大学卒業後、商社で働いていた井口さんが何の縁もないこの地に移り住んだきっかけは東日本大震災でした。

これまで信じてきた情報や常識の信ぴょう性が薄れていくなかで、元々、根底にあった暮らしに必要なものを自分の手で作りだしていきたい。自然と暮らしとものづくりが密に繋がっているような暮らしをしたいという思いが年々強くなったんですね」

 2017年、三島町の移住施策と同町に伝承される編み組細工の技術継承を目的にスタートした「生活工芸アカデミー」について知り、第1期生として参加します。

伝統工芸
Ⓒ古関真奈美 GOKIGEN Nippon

「この地には冬の農閑期になると、おじいちゃん、おばあちゃん、子供たちが一緒になってワラジや蓑(みの)、荷縄やカゴなどの生活の道具などを作ってきた歴史が根付いています。編み組作りに携わる人は人口の約10%、160人に上りますが担い手の高齢化が進行しているのが課題です。これまで培われてきた自然と人とのあるべき関係性を大事に、“生活の中の道具を自分で作る”というものづくり文化・技術を“町の貴重な資産”として伝えていければと考え、活動を続けています」

“血縁”ではなく“共感”によって伝統を継承していく時代に突入

 志田さんが福岡県糸島市への移住に踏み切ったきっかけも、東日本大震災と原発事故でした。

「生まれは東京ですが、両親の山梨移住を機に子どものころから畑仕事や薪割りなどをやっていて、元々、都会より田舎のほうが好きだったんですね。料理人になるために上京し、いずれは山梨に戻ろうと考えていたところで震災が起こったんです」(志田さん)

 そんな折、コミュニティづくり、食への関心など共通のビジョンを持っていた奥さんと出会い結婚。奥さんが勤める会社が福岡に移転することとなり、ならば自分たちが目指す暮らしをしたいと場所を探していたところで糸島に辿りついたとか。

現在は古民家を改修した『いとしまシェアハウス』を運営し、20~30代の若いメンバーで“食、エネルギー、お金の自給”をテーマに生活をしています。狩猟の免許も持っているので、現在、米、肉、卵は100%自給できています。そのほか、海で魚を釣ったり、春は野草をとったりと自然の恵みを謳歌していますが、すべてを自分たちで完結する閉じた社会ではなく、外の人たちとつながるコミュニティを意識しています」(志田さん)

 その1つが「棚田オーナー制度」。集落外の人、団体、企業などに棚田を貸し出し、田植えや収穫なども体験してもらい、高齢化などによる耕作放棄地の解消にも取り組んでいます。

「エネルギー自給策としては、薪を活用したストーブやかまどを取り入れ、かまどの火を利用した韓国の伝統的床暖房施設・オンドルも韓国の職人さんの元で修業し自作しました。シェアメイトにはソーラーパネルを配布し、それぞれが自家発電を実践。天気がいいときは、みんなで布団とソーラーパネルを干していますよ(笑)」(志田さん)

棚田
ⒸGOKIGEN Nippon

 しかし、移住した2人は、地元の人と意識のギャップなどを感じたことはなかったのでしょうか。

「いい意味でも悪い意味でも、地元の方の意識として変わることが苦手という印象はあります。少子高齢化が進み、取り巻く環境が変わるなか、それまでの常識や考え方を変えていかねばならない部分もある。けれど、変わらないからこそ、古の暮らしの知恵が変わらず息づいてきたという側面もあります。“変える、変えない”のバランスは、どの地にも共通の課題ですが、『GOKIGEN Nippon』のような第三者の方々が入ってきてくださることで、町に小さな化学反応が起こってくることも期待しています」(井口さん)

「これまでの集落、地域、田畑、伝統などは“血縁”によって受け継がれてきましたが、考え方を変えねばならない時代に突入していると思います。私が経営するシェアハウスに対しても、まずは『若い世代が集まって何かおもしろそうなことをやっている』と興味を持っていただく。そこから“共感”部分での地域の継承というステージに移っていければと思っています」(志田さん)

 最後にUターン組の宮本さんは、次のように語ります。

「私は限界集落という少数派の場所に生まれ育って、すごくラッキーだと感じています。森林率97%という山国で、まさに自然と共に生活できるような場所はそう多くはありません。山の暮らしは実に魅力にあふれていて、そして楽しい。こんな幸せもあるんだということを発信していければと考えています」

 暮らしに求めるもの、価値観は人それぞれですが、自分が当たり前と思っている“常識”を取っ払うことで、見えてくる“違った景色”もあるはずです。

 今後、「GOKIGEN Nippon」が、どんな“新たな気づき”を私たちに見せてくれるのか。彼らの活動に期待しつつ、機会があれば、ぜひ読者のみなさんも小さな町村に足を運んでみてはいかがでしょうか。

<取材・文/大沢玲子>

たび活×住み活研究家 大沢玲子さん

鹿児島出身の転勤族として育ち、現在は東京在住。2006年から各地の生活慣習、地域性、県民性などのリサーチをスタート。『東京ルール』を皮切りに、大阪、信州、広島、神戸など、各地の特性をまとめた『ルール』シリーズ本(KADOKAWA)は計17冊、累計32万部超を達成。18年からは、相方(夫)と組み、アラフィフ夫婦2人で全国を巡り、観光以上・移住未満の地方の楽しみ方を発信する書籍『たび活×住み活』シリーズを立ち上げた。現在、鹿児島、信州、神戸・兵庫の3エリアを刊行。移住、関係人口などを絡めた新たな地方の魅力を紹介している。