―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(7)]―
東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチのシェフである夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落で、忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。(第7回)
農業ってどうやって始めるの!? まずは、夫が大学校へ
標高が高い産山村は農薬不使用で野菜がつくりやすく、寒暖の差もおいしい野菜づくりには欠かせないし、なにより標高800mはブドウ栽培にはいいらしい。そんなことを考えつつ、産山村に移住してきました。
が、農業をやるぞ! と思ったものの…農業経験もない街っ子の私たちは「はて?どうしたものか?」と途方に暮れました。
そんなときに聞いたのが、熊本県立農業大学校の新規就農支援研修「プロ経営者コース」のこと。これは!と思い申し込み、主人は書類提出と面接を経て、農大のこのコースに合格したのでした。
40歳目前にして突如農大生になった主人と、毎朝5時起きでお弁当をつくる私。車で往復3時間強、週5日。1年間通いました。
真冬の凍結した道では、四輪駆動でスタッドレスタイヤをはいているのに滑ったり。「今日は霧がすごいよ」とか「鹿がいたよー!」「イノシシいて、どかなかった」など、ワイルドな山道ドライブを1年間。主人は在学中にトラクターの免許なども習得しました。
そもそも、農大のコースのクラスメイトは10人前後で、親や身内に農業者がいる人がほとんど。農業をするのが前提の人が優先的に選ばれると思われ、農業の「の」の字も知らないのは、主人だけでした。
そして、農業を始めるにあたり、「農業次世代人材投資資金」の経営開始型に申し込みました。認定された新規就農者には給付金があるので、農業設備をまるでもっていない私たちは、設備投資に使うことができたので助かりました。
野菜をつくる前に畑をつくる…開墾は楽じゃない
最初に開墾したのは、家の前の借畑3反でした。
ところどころぬかるんでいて、雨が降るとグチャグチャになる状態。まず排水溝を掘って水はけをよくすることから始める。納屋の中に置いてあった鍬(すき)やスコップを使って20~30㎝ほどの溝を畑の周りにぐるりと掘っていく。染み出た水が流れていくようにわずかながらも勾配もつけて。
言うのは簡単ですが、水を含んだ土は重いうえに踏み固める前に雨が降ると元に戻ってしまう…。そうすると、また最初からやり直し。なかなか過酷な作業なのです。
鍬は開墾中、持ち手の木の部分が折れ何本も買い替え、鍬の刃先も欠けたりして頻繁にバージョンアップが必要でした。雑草の根がこんなに根深く固いとは! 地中にこんなに大きな石が埋まっているなんて!! そして、そもそも人生において鍬を使うなんて! まったくの想定外!!!
平日は私が軽めの畑作業をし、力の必要な重労働や開墾作業は主人の学校が休みの土日のみ。雨が降ったり雪が降ったりする土日は、作業できずに窓からもどかしい思いで畑を眺めたものでした。
そして最初に植えたのは、タマネギやニンニクでした。
過疎地で畑が借りられるのは、信頼関係があってこそ
次に借りたのは、標高800mにある畑。いつかワインをつくれたらと夢を描き、今現在は1100本のワイン用ブドウを植えています。本数も面積も、今後もまだ増える予定です。こちらの土地もご近所さんの好意で、移住してすぐに格安で貸していただきました。これも私たちに起こるたくさんあった移住ラッキーのうちのひとつでした。
このブドウ畑の貸主さんは、ご自身になにかあったり亡くなったりしても継続できるような契約を提案してくれました。一緒に司法書士さんのところへ行き、10年契約の書類をつくりました。
というのも、ブドウの木というのは「収穫しました1年で枯れて終わりです、次は別の野菜植えます」というわけにはいかず、10年…いや数十年も畑を借り続けなければならないのです。
これは割と重要なポイントで、貸主さんの世代が交代する際にもめ事が起こることが多いようなのです。
街に比べたら、畑や家も格安で借りたり買ったりできますが、不動産会社が介入しないことがほとんどなので、まずは人として信用されることが重要。そして貸主さんとの信頼関係も。
貸したはいいが、手入れせず草ぼうぼうのままイノシシやシカの隠れ場所や餌場になってしまったら、その土地のご近所さんが迷惑するのです。
本当にこの人に貸しても大丈夫か? 集落や地域の集まりにきちんと参加してコミュニケーションが取れる人なのか? 代々の土地をきちんと大事にしてくれる人なのか? そういったことがみられている気がします。
その代わり1回信用してもらえると、「この畑も使って、あの畑も使って」といろいろ声をかけてもらえます。
産山村に移住する前に探した山都町では、借りたいな~と思う場所の持ち主さんを探すのが大変でした。地主がわからず、手を入れることができない家や田畑や山林が、どんどん増えて荒れていくのが今の田舎の“あるある”のようです。
折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストラン「Asoうぶやまキュッフェ」を営んでいる。