動物だらけの限界集落。ご近所さんが夜中にイノシシをひいて…

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(8)]―

東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチのシェフである夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落で、忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。《第8回》

怪奇現象か!? 夜中の奇妙な物音でご近所迷惑

移住してきて、まずはニンニクやタマネギを植えました。なんとなく芽が出ていい感じになった頃、朝起きて畑に行ったら一面ほじくり返されていました。家の前の畑なのに、なんと夜中にイノシシが来たようなのです。

タマネギもニンニクも食べはしないが、すごい力で土をボコボコにほじくり返していったよう。その夜から連続でイノシシは毎晩登場。ほじくり返されたタマネギやニンニクは植え直すものの、その度に成長が遅れていく……。

数日経ったある日、畑にいた私にお隣の家のお母さん(80代)が「最近、夜中に気味の悪い声がするんだけど聞こえる?」と。自分の息子に聞いたら、「俺は聞こえないよ。ボケたんじゃない?」と言われ、それが悔しくってご近所に聞き込みをしているとのこと。

 息子さん以外のご近所さんは大分県の方も含め、言われてみればかすかに聞こえる、と言ったそうです。

にんにく

 そのご近所迷惑のその正体はなんと…夜中にフライパンをオタマで叩きながら大声でイノシシを威嚇しているわが主人!! その物音が山に反響しても戻り、気味悪く聞こえると判明! 本当に本当に申し訳なさで心がいっぱいに…。

 慌ててその日のうちに、お菓子を持ってご近所さんに状況を説明しながら謝りに行きました。みなさん笑って聞いてくれてホッとしましたが、すぐに電柵を手配し到着するなり半日掛りで張り巡らしました。

 この電柵も長い距離を張り巡らすので、本体やバッテリー以外にもワイヤーや支柱などが大量に必要で、これまた大きな出費。でも、そのお陰でイノシシの被害は、あれからありません。

トマト
電柵のおかげで畑が荒らされずに様々な野菜を収穫

ヨタヨタと歩く年老いたタヌキやぴょこぴょこ野ウサギも

 落ち葉を集めて水分を含ませ、ビニールをかぶせて半年かけて落ち葉たい肥にしていく話を以前お伝えしましたが、冬のある日そのビニールをめくると…なんとヨタヨタした老タヌキが動く気はなさそうな様子で、じーーーっとこちらを見ています。いったい、どこから入ったの?

 発酵熱で暖かくなっている落ち葉たい肥の中で、冬の夜を過ごしていたようです。さぞかし暖かい快適な寝床だったろうと思います。

 余談ですが、落ち葉たい肥の発酵熱は結構な温度になり、初春の野菜の発芽や育苗にも利用したりします。発芽には温度地温が大切で、ビニールハウスのない頃はいろいろと苦労&工夫をしました。

たい肥
落ち葉を発酵させてたい肥を作る

 またある日のお店の営業中には、窓の外をやせたタヌキがさっと通り過ぎたことがありました。ちらっと見たお客様は、やせたタヌキがまさかタヌキには見えなかったのでしょう。「あれはなに? オオカミ? まさかね」と盛り上がっていました。

 別の日には、親がいないイノシシの子=ウリ坊が、お店の入り口につながる道からお店の入り口を眺めていたことも。運よく(?)遭遇したお客様は、かわいい姿に喜んでいましたが…イノシシの怖さも知っている私たちはヒヤヒヤしました。

 人間よりも動物の多い山の夜道を車で走っていると、さまざまな野生動物に出会います。街から来てすぐの頃は、野生動物がこんなに身近にたくさん居ることに、毎回不思議な気持ちになりました。

 よく遭遇するかわいいところでは、ぴょこぴょこと車の前を一緒に走っていく野ウサギ。グレーの毛皮をまとった野ウサギは、ピーターラビットを彷彿させるかわいさがありますよ。

 産山村では、毎年2月の節分の頃にウサギ追いのイベントがあります。草原の中を「ちょーいちょーい」と掛け声を掛けながら歩き回りウサギを追います。もちろん捕まえた野ウサギはイベント後には草原に戻してあげます。そんな牧歌的なイベントも今年で23回目を迎えたそう。

高原
噴火する阿蘇山が見える草原。様々な野生動物が生きている

闇の中でジャンプする人影!? 飛び出しも注意!の村の夜

 そして山奥のわが家に遊びに来た、弟夫婦が体験したある夜の話。

 夜道の真っ暗な闇の中に車のヘッドライトの輪郭のはずれにぼんやりと浮かび上がる人影…。しかもその人影は、道脇に立ち何度も何度も垂直飛びを繰り返すという怪しい行動。

 こんな暗い夜道に、そんな行動をするその人影の正体は…

 ドキドキしながらゆっくりとヘッドライトをあてると、そこには斜面を登ろうとジャンプを繰り返す野生のシカ!! ひとジャンプが大きいシカは、あっという間に草むらの中に姿を消していったそう。直後に興奮しながら電話がかかってきた本当の話です。

 各家路に外灯のないこの集落は、冬の夜8時にもなると真っ暗。そんないつもの真っ暗なある夜、突然隣の集落のおじさんがアポなしでやってきました。「こんな時間になんだろうね」と玄関を開けると「イノシシひいちゃったから、さばいて」と言うではありませんか。

 びっくりして軽トラの荷台をのぞき込むと大きなイノシシが! その晩はすぐに血抜きと皮ハギをし、翌日にお肉にさばきました。食肉処理場を通らないお肉は、ご近所さんに配ったり自家消費です。お肉をさばいた人は、お礼にお肉を少しいただきます。

イノシシ肉
肉質を見極め、鮮度を保ったままさばいたイノシシは美味しい

 猪突猛進という言葉があるように走行している車にも飛び込むイノシシ。だから横からの突っ込みが多いそう。ジャンプの得意なシカは前から飛んでくるので、フロントガラスは要注意だそう。山の夜道は、イノシシにもシカにも注意が必要な産山村です。

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし]―

折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストラン「Asoうぶやまキュッフェ」を営んでいる。