山奥でレストラン開業。手に入れたのは築80年、ボロボロの牛小屋

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(10)]―

東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチのシェフである夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落で、忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。《第10回》

本当にお店になるのかな…と途方に暮れた元牛小屋

「ここ牛小屋だったらしいよー」
「お店になると思う?」
 住居に隣接した築80年のボロボロの小屋の中での私たち。水色の波板が色あせ穴が開いた壁、雨水が流れ込み、ところどころ水たまり、ドロドロになった土床、開いた穴や隙間から外がよく見える…。

きれいな入り口
きれいになった入り口。大きなスプーンとフォークが取っ手

「これはいったいなんだろう…」と、思うものが元牛小屋にはたくさんたくさんつめ込まれていました。掘りごたつ、練炭、木桶、シイタケ乾燥機のパーツ、大量の一升瓶、さびたトタン、タイヤ、鉄パイプ、工具やくぎ、朽ちはてた机、ビンに入ったままの駄菓子、中身の入ったしょうゆや梅干しだったと思われるもの、農薬、食器、コップ、座布団、ふすまや障子、布団、ポリバケツ、大量の竹とわらと炭、本や手紙、棚、足踏みミシン、灯油ストーブ、扇風機etc. 書き出すときりがない…。

 先住の方のものや本来の持ち主の方のご先祖様のものなど。「大事なものは全部持ち出したからね」と聞いていたので、後は整理して処分するだけ。急ぐわけでもないしと、ついつい手をつけずにいた元牛小屋の中で途方に暮れる私。

外観
牛小屋時代の外観

なにがあっても流れにまかせて、おもしろさ倍増!

 熊本で地震があってお店をクローズし、もうレストランはしない! そのつもりでしたが、産山村(うぶやまむら)に移住して1か月、さまざまな出来事が重なり、またお店をやるしかないでしょ、という流れになりました。

 地震経験後は、自分の力だけではどうしようもないことが多いものだと気がつき、「物事の自然な大きな流れには逆らわず、巻き込まれて一緒に流れるに任せてしまおう。そうそう悪くはならないし、おもしろさ倍増!」という気持ちがとくに強くなったのです。

 産山村に来てからの出来事は、お店を再開する方向へ1つの大きな流れになり、私たちを巻き込んでいったのでした。きっかけは、以前の私たちのお店をご存じだった役場の方からの電話でした。移住して1週間経った頃のことです。

 小規模事業者持続化補助金(熊本地震対策型)というものがあるので、受けてみてはどうかと。「とにかく商工会に説明だけでも聞きに行ってみてください」という電話でした。

 商工会なんて行ったことがないし、もうお店はやりませんという私たちへ、「いろいろと相談できるし親切な方ばかりなので、とにかく一度行ってみてください」と何度かいってくれて、やっと重い腰を上げて訪ねたのでした。

ボロボロの内観
隙間から外が見える壁…梁の上には竹や藁が

 今思えば…農業未経験者が、すぐに生活できるくらいの野菜がつくれるほど農業は甘くなく、また収穫したとしてもすぐ販路ができるわけでもないので、お店を始めることは、産山村での私たちの生活には必要なことだったのです。

 そのときに商工会で聞いた申請書類提出の締め切りは、わずか1週間後。「えー!」と驚く私に、できる協力は全力でしますからといっていただき、ダメ元で応募するか!と気持ちも変化しました。

 それからの1週間は大変! 建築見積を取るための店のレイアウトを考え、見積を依頼し、使用する湧き水の水質検査、農業やブドウも含めた1~5年後の事業計画、企業理念、自店の強みと弱みを含めたお店の今後のビジョンを記載した資料をつくり出す。ラフができたら商工会に相談に行ったり、無料相談の先生方に見てもらったり。

ショップロゴ
素敵ロゴ制作は「クリエイティブスタジオKLOKA」に依頼

 あっという間に期日になり、書類を提出。ドキドキしながらの結果発表は、12月の終わりだったと思います。

 なんと審査がとおった! もう迷う場合じゃない!! 大勢の人の協力の元やってきたこのチャンスは生かさないと!!! とお店を再開するためのスタートをきったのです。

お店再開の報告だけ。完成時にはいなかった父

 地震で熊本市内のお店を閉め、山奥の限界集落に移住し、「わが娘はいったいなにを考えているのか、この先どうするつもりか」と、心配したであろう横浜の両親もこの報告を喜んでくれました。
 その報告の数週間後に突然他界した父は、残念ながら完成したお店を見ることはできませんでした。でも、再開する報告をできただけでもよかったと思います。

 亡くなった後、父のパソコン机の引き出しを開けると、クリアファイルがありました。熊本市のお店をクローズする際にFacebookに掲載した報告のページを、長々とプリントアウトして、大事にしまってくれていたのです。

見事!どこからどう見てもボロボロの小屋
入り口アフター
きれになった入り口。扉の色を変えて、地面も整備した

 お店のFBを見ていることも知らなかったし、一切知っているそぶりを見せなかったし、ひと言も口には出さない父でしたが、心配してくれたのだろうなとありがたく思いました。

 こうしてさまざまな人の大事な気持ちをのせて、牛小屋改装計画はスタートしました。

そんな私たちが出会った小さな最初の障害は…
「牛小屋は解体しましょう!新しいのを建てた方が安いし早いですよ」
という言葉でしたー! いろいろな大工さんに頼むも、皆、異口同音な答えが返ってくるのみ。
さぁどうなる?!

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし]―
折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストラン「Asoうぶやまキュッフェ」を営んでいる。