震災の廃材が暖炉に。限界集落の牛小屋がレストランに変身

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(11)]―

東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチのシェフである夫とともに、熊本と大分の県境の産山村(うぶやま)で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落で、忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。《第11回》

この牛小屋、全部解体して新しくつくった方が安いし早いよ!

 牛小屋をレストランに、と始めた牛小屋改築計画。まずは産山の大工さんに、そして隣県大分の大工さんにも、数人に牛小屋を見てもらいました。皆、同じことを言います。「牛小屋は壊して、新しくつくりましょう!」と。そのほうが、安いし早いと。

 でも、それにはうなずけない…。なんてったって私は小屋が大好きだし、小屋の感じを残したまま店舗にしたかったから。

完成した内観
小屋感を残したままのasoうぶやまキュッフェ

 そんな私の頭の中には、ある人がずっと思い浮かんでいました。その人は古民家再生を得意とする大工さんでした。でも、熊本の地震で被害が大きかった地域に住んでいて、事務所も家も崩壊したと聞いていたので、連絡は遠慮していたのです。

 とは言うものの、あまりにも出会う大工さん大工さんが口をそろえて「牛小屋は壊しましょう!」と言うので、意を決し連絡をしてみました。やっと会えたのは、計画を始めてから数か月後。場所は、先方の崩壊した事務所の代わりにしていた資材倉庫のロフトの一角でした。

 ひと通り話をしたその後、日をあけずにわが牛小屋を見に来てくれました。いろいろと話ながら牛小屋をじっくり見た後、「おもしろいですね。やりましょう!できますよ」と言ってくれたのです。

 この「藤本和想建築」に出会ったのは、奇遇にも熊本地震の前日だったと記憶しています。その出会いがなければ今のお店はなかった、そう思うと、どの出会いも大事に思えます。

施工中
石組み暖炉が出来、床の施工が始まった頃

 自分たちで改装や内装のイメージ資料などは用意していましたが、以前から頼りにしていた友人のクリエイティブスタジオKLOKAにも協力をお願いしました。イメージを大工さんに的確かつ専門的に指示してもらえ、加えて私たちの独特のデザインエッセンスを取り入れて、すてきなお店に仕上げてくれるKLOKA。引き受けてもらって大感謝です!

 こんな風にしていよいよ工事が始まったのでした。

地震による廃棄物がすてきな暖炉に再生

asoうぶやまキュッフェのいちばんのチャームポイントでもある石組み暖炉。これはなんと、大工さんからの提案でした。地震で被害を受け、解体せざるをえない古い家々の基礎の石を組んで暖炉をつくってみたいと。

暖炉の火
寒い冬は石組み暖炉に火が入る

 立派な基礎の石も、このままではただの廃棄物。それに手を加えることで暖炉になる。廃棄されるはずだったものが再生されるのならばやりましょう!と私たちも賛成しました。

 さらに、私たちが自分たちで床はり工事をするなら、「解体した家のさまざまな古材を提供しましょう」というありがたい提案も。大工仕事は未知だったものの、喜んで受けました。地震後のさまざまな人々の思いが形になるのが、このお店なんだなぁ~と感じました。

 石組み暖炉は大工さん自身が言い出したものの、一段組むのに一週間かかる作業は本当に大変だったようです。どのくらい大変だったかは、無事に完成した後に「もう仕事では石組み暖炉はつくらない」とつぶやいてしまうほど…。

 確かに、往復3時間はかかる産山村に通い、1人黙々と重機を操り慎重に一段一段組んでいくのは、はたから見ていても時間も労力もかかる大変そうな作業でした。

イベント風景
コーヒーのワークショップやワインイベントなどいろいろなイベントを皆と楽しんでいる

 一方、KLOKAは「全体的に山小屋風になりすぎず、ピリリとエッジをきかせるにはどうしたらいいか?」を重点的に考えてくれました。たとえば、暖炉上部の壁を抜いてガラス窓にしたらどうだろうか、という提案。

 結果、石とモルタルと古材とガラスの組み合わせはモダンさを生み出し、秋は紅葉、春は桜のピンク、夏は木々の緑が見える窓になり、来店するお客様にもよくほめていただきます。

 そんな最強のメンバーですら悩んでしまった問題が…“隙間”問題。

時間と予算は、ないならないなりにできる!

 昔の職人さんの手仕事が残った古い柱に、牛小屋内にあった古いシイタケ乾燥機のパーツを塗り直してつくった吊り扉の入り口、石で組んだ敷居。まっすぐな直線部分はほとんどなく…。さらにはトタン壁とトタン屋根の間が20センチほど丸開きのまま。

 このままでは、夏は暑く、冬は寒く、そして風はもちろん虫…、いや、小動物が楽勝で侵入できるような隙間が数えきれないくらいありました。限られた予算でどんな素材で、雰囲気を壊さずにいかにして隙間をふさぐか、悩みに悩み!

 大工さんも皆悩んであーだこーだ相談し合いましたが、素人とは怖いもので「トタンでふさいだら?」と言った私に、皆がびっくり顔で「ト、ト、トタンでいいんですか!?」と。

 もちろんトタンの壁や屋根は断熱効果が優れているわけではなく、室温の管理は難しいとは思いましたが、完璧ではないそんなことも含めて楽しんでもらえるお店になるといいなぁと思いました。

 しかも、いくつか窓のある壁面は、最後は大工さんの時間がなくなってしまい、窓はKLOKAが施工、隙間だらけの壁面は私が担当。複雑な隙間に合わせて材木をカットする技術はもちろん私にはないので、さまざまな形や色の木材を切り出し、パッチワークのようにはめたり重ねたりして完成させました。

 お客様で建築系のプロの方がいらっしゃると「玄人は絶対にしないやり方だけど、味があっていいねー」と複雑なほめられ方をします。

無農薬野菜とジビエ
農薬&化学肥料不使用の自家畑野菜とジビエの料理

 夏はトタン屋根が熱くなり空調もあまり効かなくなり、冬はどこからともなく隙間風が吹き寒い、とても不便なお店です。寒いけど薪暖炉の炎を見てくつろいでもらったり、マイナス面もプラスに変わるような提案をしたりして、お客様に共に楽しんでいただけるお店になったかなと思っています。

 たくさんの人々の協力があって、1つ1つの古材の板のゆがみや凹みも含めて、私たちにとってはどこを見てもとても愛着のわく、最高にすてきなお店ができ上がりました。

 こうして世にも不思議な土日祝日のみ営業の、「asoうぶやまキュッフェ」は2018年の8月からスタートしました。

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし]―

折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストラン「Asoうぶやまキュッフェ」を営んでいる。