買い物支援で独居老人をサポート。過疎の村の未来は自分の未来

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(12)]―

東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチのシェフである夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落で、忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。《第12回》

村民になって思ったこと

 村民 ―そんみん―。産山村は熊本県にある5つの村のうちの1つ。よって、そこの住民の私も村民です。行政は市役所でも区役所でもなく役場-やくばと呼ばれます。ワンフロアで見渡せる小さな村の小さな役場は、手続きや相談ごとや申請など…頻繁に行く、とても大事な場所です。

 始めて村役場に行ったときは「こんにちはー!」とみんなに挨拶をされ驚いたことを覚えてます。今まで役所関係は番号札を取り順番待ちをし、かなり時間がかかると思っていましたが、産山村の役場で待つことはほとんどありません!

 その役場で働く方々は、村民と村外の方とで比重は半々くらいでしょうか? お隣のAちゃんや、あそこのBおばあちゃんのお孫さんのCちゃん、Dさんの娘のお婿さんのEさんや幼馴染のF君…。そういった面々が8時45分から5時15分まで、きりりと職員に変身します。

移動販売車
村の社会実験として期間限定で行った移動販売 (写真/産山のホリエモン)

 役場の人はまったく知らない誰かさんではなく、子どもの頃から知っている身近なだれかなんだ!という感覚も新鮮でした。

 だからか唐突に、もしも認知症になり自分の記憶が抜け落ちてしまっても、この村には私のことを知ってくれている人々がたくさんいるんだなぁ、なんだか安心するなぁ、と思いました。ここで生活し、年月を経て、村民になりきることで、安心して暮らしていけそうだと感じました。

 村のだれかが言っていた「迷惑をかけないように生きるのではなく、当たり前のように迷惑をかけたりかけられたりして生きていけるコミュニティが理想」という言葉がとても印象的です。

 お互いに迷惑をかけないように気をつけるギリギリのコミュニティよりは、わずわしいことも多いでしょうが…。安心して迷惑のかけあえる豊かな余白がある、そんな繋がりのコミュニティの方がより人間らしいかもしれない。ここでの生活はそう感じさせてくれます。

村で始まった「未来会議」や「小さな拠点」

 どこも同じかとは思いますが、村ではどんどん人口が少なくなっています。高齢者が増え過疎化していく未来に備え、どんなふうな施設や仕組みが必要となるのか? どんな拠点が村には必要なのか? さまざまな年齢や立場の人々が考えて話し合う、「小さな拠点」づくりの為の村民参加会議が、昨年から開催されています。

 私も移住してきた人間の目線や女性の目線で、参加し意見を言わせてもらっています。自分が年老いたときも、大好きな、でも不便なこの村にどうしたら安心して住めるのか。村での仕組みや繋がりをつくるプロジェクトに、自分も元気なうちに考え参加できるのはいいことだと思っています。

研修
他県に行って色々と学ぶ研修もある

 人口1500人弱の村なので、1人1人の声が聞き取りやすいのは本当によい面だと思います。

 NPOや老人会、女子会や婦人会、食育や保育園や学園の保護者といった、さまざまな団体に時間をもらい「うぶやま未来会議」も開催されました。アンケートやヒアリングをとおして意見を聞き、20年後のビジョンと10年間のプランを構想する会議です。

 村にはみんなが協力して行う作業として、春の野焼き、牧野(ぼくや)や田畑の管理などがあります。また役場では、免許のない方の移動や買い物支援、子育て世代への支援を行っています。

 どの作業も支援も、人が繋がらなければできず、できないと日常生活の維持にダイレクトに響きますし、大きく言えば生死にも関わってくるのです。

 人と人の繋がりは、まず集落単位での作業や動き。そして次は、地区単位から村単位の動きへと繋がっていきます。小さな繋がりが少しずつ大きな繋がりとなり、村で生きていくための大事な作業や動きとなり、生活するわが身に返ってきます。

社会実験の移動販売は、たかが買い物、されど買い物

 買い物支援の話です。産山村ではつい最近、社会実験として独居や買い物の困難な方の家々を回る移動販売を、2か月間限定で行いました。

 コンビニもなく、一番近いスーパーに行くのも車で30分以上かかる村の生活。免許のない方や高齢で運転が不安な方…いわゆる買い物難民が少なからず居ます。

移動販売と犬
ワンコまで寄ってくる人気の移動販売 (写真/産山のホリエモン)

―― たかが買い物、されど買い物。

 移動販売のときだけ、他人と話す独居の方…。壊れたかもしれない携帯を握りしめ待ち構えていたり、自分でつけた漬物をあげようと待っていたり、畑に行くときよりも少しおめかしして待っていたり。
 物を売ってお金をもらう、それだけではない大事なやり取りがそこにはあったようです。

 そしてそこにいる高齢者は、近い未来の私でもあり、みんなでもあるという事実にあらためて向き合いました。未来の自分に、今やっておけることはなんなのか? そんな問いかけに、村民が悩みながらそれぞれの考えを表現しようとしています。

 実現するには困難が待ち受けているだろうし、きれいにはまとまらないかもしれない。でも、村民の一員として参加し考える、というなんとも言えない楽しみを私も体験しています。

夜空を見て、いにしえを思い未来を考える

 そんな産山に住んでいると、過去も未来も、無理なくすんなりとつながっていきます。
 
 夜空、星空もその1つ。満月の夜は本当に明るく、新月の夜は本当に暗い。当たり前に昔の人が見たり感じたりしたであろう暗闇が、2020年の産山でも味わえるって、本当におもしろい! そんなことは、東京や街の生活では思いもしませんでした。

マジックアワー
夜がやってくる手前の扇田の空。マジックアワー (写真/産山のホリエモン)

 この村には、コンビニも信号も1つもありません。私の住んでいる集落には外灯が1つ。そんな村の夜は、日の光が沈むと同時に始まります。日が落ちると間もなく、正真正銘の漆黒の闇が外に広がります。

 愛犬のトイレのために初めて夜に外へ出たときは、真っ暗すぎて1歩目をどこに下していいかわからなかったほど。愛犬は暗闇の中スタスタと走って行き、どこに居るのか不安になり、慌てて懐中電灯を取りに家に戻りました。

 そんな暗闇でも、天気がよければ、頭上には満天の星空が頭上に広がります。何度見ても見飽きない景色です。毎日毎日同じような筋状の雲がでているのを不思議に思っていたところ、眼鏡をかけて見上げたら、なんと天の川でした。「天の川って毎日見られるんだー!」となんだかおかしくなって、笑ってしまったりもしました。

夕方の空
夕方の空に浮かぶうぶやま牧場の風力発電 (写真/産山のホリエモン)

 星がたくさん見えすぎてどれが星座かわからない、という笑い話も産山村“あるある”です。
 
 昔の人が考えた星座や神話や昔話が、ストンと心に落ちるとき過去と繋がり、村の高齢化の問題を考えるときに人任せではない未来につながる、そんな感覚を与えてくれる村の日々です。

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし]―

折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストラン「Asoうぶやまキュッフェ」を営んでいる。