苗を湯たんぽ、フリースで保温。山村農業は人間並みの世話が必要

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし]―

東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチのシェフである夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落で、忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。

寒さは大敵。春先は湯たんぽで野菜の苗を育てる

スープ
我が畑の野菜とハーブのビーツスープ

 新緑の美しい産山村(うぶやまむら)の春。この時季は、秋の収穫と並んで農家が忙しい季節かもしれません。なぜなら高冷地の産山村は、普通よりも早い田植えが必要で、稲作をしていない農家でも夏野菜の種まきや育苗、またそのための畑の準備と、大きな作業がいくつもいくつも重なるからです。

 忙しさの始まりは3月くらいから。夏野菜の種まき&育苗がスタートします。産山村の3月はまだまだ寒く雪が降ったり、朝晩マイナスまで下がることも多く、薪ストーブなどの暖房が必要な時季です。

 だから、これまではトマト用のビニールハウスで育苗していました。でも、油断大敵です。昼間はもちろん、夜も地温をある程度キープしないと、発芽してくれない野菜の種も多いのです。ビニールハウスの中にさらにミニハウスをつくり、さらに不織布のトンネルの中で育苗。育苗トレーの下には枯れた野草を敷き詰めます。

ハウス建て
ベテランさんに手伝ってもらってのビニールハウス建て

 昨年は、気温がマイナスになると予報の出た夜には、大量のお湯をわかし、たくさんの湯たんぽをつくって育苗トレーの下に敷き、フリースの毛布を掛けて温度をキープしていました。ピーク時には私の湯たんぽまで持っていかれる始末。朝、湯たんぽを片づけに行くと…、湯たんぽのそばで、ときどき、野ネズミが温まっていたりしていました。

 人間並みにお世話して、やっと野菜の芽が出てきても気を抜いてはいけません!! やっと出た芽が季節外れの霜にあたると枯れたり、弱って成長が大幅に遅れたりします。化学肥料を使わないので、成長の遅れは、成長とそれに適した気温がズレて、野菜がおいしく元気に育つ時期を逃す、もしくは育たないことになりかねないのです。 

専用のビニールハウスで、落ち葉たい肥の発酵熱を利用して育苗

 今年はトマト用のビニールハウスのほかに、一年中育苗をする専用のビニールハウスをつくりました。育苗専用のビニールハウス中に、深さ1m×長さ4m×幅2mほどの穴を掘り、そこに山盛り数トンの落ち葉と米ぬかを混ぜ入れ、水分とともに踏み固めます。

 その上にビニールをかぶせておくと…。なんと落ち葉が発酵してきて、どんどん温かくなり、もやもや~っと湯気が出るほどまでの発酵熱が出ます。

 その発酵熱のおかげで、夜眠いのを我慢してお湯を大量にわかし、暗闇の中をたくさんの湯たんぽを一輪車に積んで、ビニールハウスまで運ぶ…。そんな作業をしなくてすむようになりました!!! 
 発酵熱を利用して無事に発芽した今年のトマトやナスやキュウリたちは、湯たんぽ知らずで、すくすく育っています!

トマトの苗
発酵熱ですくすく育ったトマトの苗

性格を見極めて育てる。種にだって個性がある

 毎日の天気予報&週間天気予報はもちろん、朝晩の気温や1日の気温変化はこまめにチェックします。少しでも寒くなりそうだ! となると対策を練って準備。寒いからとうっかり水やりを忘れた日に限って、初夏のような日差しが照り、せっかくの芽を枯らしてしまったことも一度ではありません…。

 寒い時期は、水やりも少し温まってきたお昼前くらいにあげます。夕方に冷たい水をかけると、地温が下がりそのまま寒い夜を迎えさせることになってしまうからです。

 街で家庭菜園レベルで育てていたときは、「まぁまけば芽が出るだろう」くらいにしか考えていませんでした。ところが実際は、野菜の出来は苗の出来で50%以上決まる、と言われています。

 とくにF1の種と比べたら、私たちが扱う固定種&在来種は、発芽率も成長のスピードも遅くばらつきがあります。F1の種とは、よいところばかりが出て均一の品質が保てるようにかけ合わせたもの。そこから採れる次の種は、よくない個性が出てくるので種を自家採種する農法には向かないのです

種の交換会
産山村では映画『SEED』の上映会の後、種の交換会もあった

 育苗は、忙しいからとバタバタせず、じっくりとその種から育った苗の個性を見ながらつき合っていく必要があります。

 固定種&在来種は成長が早い子もいれば遅い子もいますし、虫に食われやすい子や発芽が遅い子や、なかなか次のステージに成長しない子もいます。同じ時期に種をまいても収穫に時差が出る点は、私たちのようにちょこちょこお店で使う分には都合がよいです。でも、一気に出荷したい大きな農家さんには、都合が合わないかもしれませんね。

 また固定種や在来種を使うのは、味が好みであるのはもちろんですが、私たちの畑で毎年種を取っていけば、自然にその土地に合う性質を持った野菜ができてくるからです。その土地に合う性質を持つことは、病気になりにくく、農薬不使用で野菜づくりをしやすいことにつながっていきます。

 育苗に使う土は、ビニールハウス内を温めた落ち葉たい肥を電動フルイにかけてつくります。そうして、成長のスピードや畑に定植する順番を考えながら、3~5月は種まき&育苗を繰り返していきます。

雨、風、太陽…。天気予報でその日の作業が決まる

 そうこうしていくうちに4月に入ると、畑を準備し始めます。雑草を草刈りして、ミニ耕運機などで軽く耕していきます。その後、たくましく根深い雑草の根っこを人力で排除していきます。

ミニ耕運機
畑をミニ耕耘機で整備中

 少しじめっとして湿気の多い畑は、排水の溝をまわりにぐるりと掘ります。排水溝を掘ることによって、その畑の水はけが大きく変わってくるのです。そして植える野菜の種類によって、畝(うね)の幅や高さを決めつくっていきます。

野菜によって育てた苗で植えてあげたり、直接土に種をまいたり。
しっかりと土をかぶせてあげたり、うっすら覆うだけだったり。
苗を植えた後に支柱が必要だったり、ネットが必要だったり。

 そして畑に植えたからって安心してはいけません! またまた季節外れの遅霜がやってくるかもしれません。そんな予報が出たときの前日は、大慌てで霜よけに不織布のトンネルをつくったり、草刈りした草を苗の周りに敷き詰めたりと、てんてこ舞いです。

草マルチ
苗の周りを草で覆う草マルチ。大規模農家は“ビニール”マルチが多い

 また、明日は強風が! なんて予報が出たときは、慌ててブドウやインゲンの茎や蔓を支柱にしっかりと誘引しなおしたり、ビニールハウスの点検をしたりします。

 明日の予報が曇りから雨になったよー!! なんてときも、バタバタと作業を前倒しして急いで種まきしたり定植したりします。反対に、雨予報が快晴に変わったりすると…明日は1日事務仕事だー! と思ってためていたレシートなどを無視して、作業着に着替えて外での作業となります。

 宮沢賢治の「雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ…」が実感となって、身に染みいる日々の生活です。

―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし]―

折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストラン「Asoうぶやまキュッフェ」を営んでいる。