観光ホスピタリティコンサルタントとして、国内外のあらゆる地に足を運んできた石田宜久さん。そんな観光のプロが綴る「ふるさと旅を10倍楽しくする」方法とは? 今回は、旅をより良いものにしてくれる「こだわりが詰まった観光パンフレット」についてです。
細部にまでこだわりが詰まった、グラバー園の入場チケット
旅先では大活躍、帰宅後も思い出以上に話のネタになるような「捨てられない観光パンフレット」を今回も紹介していきます。以前、高知県須崎市の観光パンフレットを紹介しましたが、今回は、長崎県長崎市にある「グラバー園」のルートマップとチケットです。細かいところまで作り込まれていて、アイデアも盛りだくさん。パンフレットとして非常に優秀なスグレモノなんです。
開港したばかりの長崎に暮らし、日本に近代化の風を送り込んだ外国人たちの家や当時の役所など、1800年後半から1900年代当初にかけて建てられた洋館が丘の山頂に並ぶグラバー園。とくに有名なのが、その名称にもなっているスコットランド出身のトーマス・グラバーが建てた「旧グラバー邸」(木造の洋館としては最古のもの)で、国の重要文化財にも指定されています。港が一望できる小高い丘の上にあることもあって、その景色を求める人たちも多く目指す観光スポットです。
そんなグラバー園ですが、まず気になるのがお札のようなデザインになっている入場チケット。大人券610円ですので、610円札になっています。肖像画にはトーマス・グラバーが、そして、長崎市の市章でもある五芒星が印刷されています。
そして、裏面にはスコットランドの伝統的な格子柄「タータン」が印刷されています。トーマス・グラバーの故郷であることから、長崎は2019年に行われたラグビーW杯にてスコットランド代表チームのキャンプ地に。その際、両都市親善の証としてスコットランドから長崎をイメージしたタータン「長崎タータン」が送られました。大会ではベスト8を懸けて日本と死闘を繰り広げたスコットランド代表ですが、この「長崎タータン」がチームのユニフォームに採用されていたことでも話題になりましたよね。「普段着としても着用できるデザイン」として、公式ユニフォームは早々に売り切れになりました。そんな長崎タータンが、チケットの端の部分に印刷されているということで、胸ポケットに刺すとチーフの様になるというアイデアが盛り込まれているのです。
通常、入場チケットというのはあくまでも「入るための券」であって、施設の写真が使われていたり、発券機で発券された切符のようなシンプルなものが多いです。役割を終えればカバンやポケットに放り込まれ、クシャクシャになってしまうということも少なくないはず。しかし、こうしてポケットに差し込みたくなるデザインであれば、チケットも大切に保管され、旅の思い出になるのではないでしょうか?
チケットと一緒に渡される園内マップにも、長崎タータンがデザインされています。めくるとグラバー園とその時代に活躍された方々の紹介があるのですが、筆者がパンフレットとしてこれは優秀だなと思ったのはここからです。
パンフレットは“ネタバレ”しないことも大切
パンフレットですので、地図に沿うように経路や見所が紹介されているのですが、ひとつ気がつくことがありませんか? このパンフレット、圧倒的に写真が小さいのです。また、ひとつひとつの写真も、ベストアングルではなくあくまでも「紹介のための写真」という印象を受けるものばかり。じつはここが筆者的には感動モノなのです。
パンフレットというのは、そこを訪れた人々のサポート役であることが第一条件です。実物は実際に足を運んでもらって、自身の目で見てもらってこそ。ところが世の中のパンフレットのなかには「ベストフォト」や「滅多に見ることができない1枚」を掲載してしまっているものがあります。いわゆる「ネタバレ」です。旅行というのはあくまでも旅行者のもの。自分の目で見ることでこそ、感動が生まれるもの。そうした楽しみをパンフレットでネタバレしてしまっては、それはガッカリですね。「チョイ見せ」状態が一番だと思うのです。
また、「インスタ映えします」とのコメントが付けられた撮影スポットも、地図上にその場所を掲載しているだけで、どんな景色が見られるかは掲載されていません。パンフレットにあるプロの写真をお手本とせずに、自分自身で画角を決めてシャッターを切ってほしいというメッセージが伝わってきます。ほかにもハートの形をしたストーンが石畳の中に隠れているスポットも地図上に掲載されているのですが、写真が載っていないので手がかりなしです。こちらも旅行者自身の力で探すよう促されているようです。
そして、昨今の観光地には欠かせない「バリアフリールート」の説明も見逃せません。混雑や人同士の交差を減らすために、エリア内に順路を設定したり、ルートをパンフレットに記載している観光地は増えてきていますが、まだまだバリアフリールートにまで手が回っていない箇所が多いのが現状です。そんななか、「車椅子のためのルート」をいち早く設定・記載できている点は、観光スポットとしてもポイントが非常に高い。
パンフレットというのは、そのスポット内では頼りになる案内役であり、情報を加えてくれるスパイスです。ただ、そのスパイスが強すぎると、手に持って巡っている人たちに対しての“余計なお世話”になってしまう可能性もあります。実際に見たものと、それを見つけるヒントになるパンフレットと合わせて最高の思い出になる、グラバー園のパンフレットはそんな一冊です。
観光ホスピタリティコンサルタント 石田宜久さん
DiTHi(ディシィ)代表。世界最大規模の専門家ネットワーク・外資系リサーチ会社「ガーソン・レーマン・グループ」のカウンシル・メンバーを務める。これまでにセミナーや講演会、観光系専門学校の講師、島根県経営力強化アドバイザーなども経験。趣味は登山、ラグビー、スポーツ玉入れ
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