奈良の春の風物詩「お水取り」と「お松明」に欠かせないかわいい和菓子

冬から春へと移り変わる時期に、奈良県で1200年以上続いている「お水取り」と「お松明(たいまつ)」。僧侶が暗闇のなか水と炎を使う迫力満点の「行」と、手づくりの椿の造花、椿を模した和菓子「糊(のり)こぼし」が印象的な伝統行事を、キッズ食育トレーナーの林光子さんが教えてくれました。

1200年、春の訪れを告げてきた伝統行事

松明がともされる様子

 関西では、「東大寺二月堂のお水取り、お松明が終わると春が来る」とよくいわれ、暖かくなるのを待ちわびます。「お水取り」「お松明」は、752年から現在まで1200年以上、一度も絶やすことなく続いている歴史ある行事で、奈良の東大寺二月堂で行われ、正式には「修二会」(しゅにえ)とよばれます。

 3月1日から14日までの間、心身のけがれを払った僧侶11人が、本尊の十一面観音像の前で「行(ぎょう)」を行い、国や社会、人々にかわって罪過を懺悔し、平和や安全、豊作を祈願するという行事です。

「修二会」の見どころのひとつに、3月12日の深夜から13日の未明にかけて行われる、お香水(こうずい)のくみ上げがあります。僧侶たちが暗闇のなか、二月堂の階段を降り、二月堂下にある井戸(若狭井)からお香水をくみ上げ、本尊(ほんぞん)の十一面観音さまにお供えをするという儀式です。この井戸のお香水は、若狭国(わかさのくに・福井県)の小浜と水脈がつながっているともいわれています。

籠松明

 また、3月1日から14日までの間、行を勤める僧侶の道明かりとして、夜ごと、松明がともされます。僧侶が入堂したあとに堂子(どうじ=僧侶を補佐する人)が、松明を二月堂の舞台で振り回します。そこから「お松明」とよばれるようになりました。

 お香水の汲み上げのある12日だけは、通常の松明より大きな、長さ8m、重さ約70kgの籠松明(かごたいまつ)が登場。普通の松明は、長さ7m、重さ約40kgですから、この様子には圧倒されます。暗闇から降り落ちる火の粉を浴びると、健康になる、幸せになると信じられており、燃えかすを護符(ごふ=お守り)の代わりにする人も多くいます。幻想的であり、見物客からも大きな歓声や拍手で盛り上がります。ぜひ、奈良で直接見てほしい景色のひとつです。

僧侶が椿の造花をつくる「花ごしらえ」

糊こぼしの花

「修二会」の期間中、二月堂の須弥壇(しゅみだん=本尊を安置する台座)の四隅を飾っている花があります。庭に咲く「糊こぼし」と呼ばれる、椿の品種の花を模した造花です。

造花をつくる僧侶

 これらは選ばれた僧侶たちが、黄色の花芯、赤2枚、白3枚の花びらをかたどった和紙(使っている和紙も、市販のものではなく、職人の手染め)を使い、2月下旬ころ、「花ごしらえ」という行事でつくります。

 そして毎年2月上旬~3月中旬には、奈良市内の和菓子屋さんで「椿」の和菓子がつくられ、季節限定の生菓子として店頭に並びます。形は似ていますが、お店ごとにそれぞれ「お水取り」にちなんだ菓銘をつけており、味わいも異なります。

椿を模した和菓子「糊こぼし」

萬々堂通則さんの糊こぼし

 今回は、取材に協力いただいた『萬々堂通則』さんの「糊こぼし」をご紹介します。こちらの「糊こぼし」は、ひとつひとつを丁寧に職人さんが手づくりしている生菓子です。紅白の花弁が色鮮やかな練り切りは、口溶けやわらか。奈良においては、春の訪れを感じさせる上品な和菓子といえるでしょう。

糊こぼし

 和菓子には、職人さんの思い(ここでは、春を待ちわびる思い)や、歴史的背景があしらわれているものが多くあります。上生菓子(じょうなまがし)は、日常のおやつとして食べる和菓子ではありませんが、時折、季節ごとに和菓子の繊細さに触れ、背景にある歴史を語り継ぎながらいただくと、より一層感慨深いものになります。和菓子は日本の伝統的なお菓子。子どもの頃から慣れ親しむことは、日本の食文化に触れることにもつながっていきますね。

釣銭の受け皿

 店頭に伺った際は、常連さんがお菓子を買い求めに来ていました。釣り銭を受け渡すときのトレーを見てみると、切り残った包装紙が幾重にも貼られており、重なり合って透けて見える椿の柄がとてもきれい。なんでも捨ててしまうのではなく、大切に最後まで使い切る、SDGsを自然と取り入れ、実践していることにも感動しました。

お見せの店頭

「糊こぼしは、季節限定(2月上旬~3月中旬)の生菓子です。「お水取り」の行事を見に来られたら、ぜひともお立ち寄りください。また、電話でご予約をいただけると幸いです」と、おっしゃっていました。春の訪れを感じながら食べたい、奈良の和菓子です。

<取材・文・写真:林光子>
<取材協力:萬々堂通則>

―[地元の食文化から食育を考える]―

林 光子(はやし みつこ)
奈良県在住。キッズ食育認定トレーナー。“食の大切さ”“本当の食”に興味をもったときに、子どもの頃からの食育が大切なのではと感じました。『青空キッチン 奈良生駒校』を主宰。