大分県には、中秋の名月になると「みいげつ、くださーい!」と言いながら、地域の家をまわり歩いてお菓子をもらう、ハロウィンのような伝統行事が残っているそう。キッズ食育トレーナーの石動敬子さんが教えてくれました。
「みいげつ」は子どもたちがお供えものを盗む日
大分県大分市の坂ノ市・大在地区では、「名月」を「めいげつ」ではなく「みいげつ」とよぶのが特徴。昔はお月見の日の夜だけ、子ども達はお供えものをはじめ農作物や果物を盗んでもよいとする風習があったそうで、それが現在はお菓子をもらい歩く形に変わって残っています。
旧暦の8月15日にあたるお月見の日に行われるこの行事は、興味深いことに、大分県内でも地域によっては「名月の盗み祭」「お月見泥棒」「月盗み」「ヌスミバン」と、さまざまな呼び方があり、月の見える縁側などに、イモ・豆・クリ・野菜・焼米などを供え、五穀豊穣を感謝したことから始まったそうです。
盗みにはルールがあり、それも地域によってさまざまだったようで、「軒先からは入らず、玄関から黙って入り、こそこそ出ていく」「1人で盗む、個人プレーである」「7歳~12歳の子が4、5人で1組となって盗みに行く」「サトイモは食べられるだけ、3株だけ、子イモだけなら盗んでもよい」というように、子どもたちは約束を守りながら泥棒をしていたそう。
さらに、「盗んだ人を叱ると作物が実らない」「盗みに行った家の人に抱きかかえられた子どもは、病気をしない」「盗んだ後に転ぶと、その年は病気をしない」など、盗まれる家にも、盗んだ本人にもいいことが起こるという、なんともユニークな風習もあり、お供えものが盗まれても「お月さまがもっていった!」と人々は喜んでいたそうです。
現在のお月見は、地域でコミュニケーションをとる大切な日
現在この行事が残っている地域では、お月見の日になると、たくさんの子どもたちが大きな袋を持って、お菓子を探しながら地域を歩く姿が見られます。小学生の下校後を目安にお菓子を並べ始める家や店が多く、だんだん子どもたちの声が賑やかになってきたら始まる合図で、夕方にはお菓子がなくなっています。
昔のおやつといえば、ふかしイモや手づくりのおまんじゅうだったそうですが、今は駄菓子がメインで、名月の時期になると名月専用のお菓子売り場を設けるスーパーもあります。
すべての家が必ずお菓子を準備する、ということではありませんが、「みいげつあります」と張り紙があったり、玄関先にお菓子を置いている家や店を探すのも、子どもたちの楽しみ方のひとつです。
また、スーパーや駄菓子屋などでは、当日に「みいげつ、ください!」と合言葉を言うと、お菓子をおまけしてくれる店もあったりと、地域中が盛り上がり、大人も元気な子どもたちに会えるこの日を楽しみにしています。
私も毎年、娘たちと一緒に地域を回って歩いたり、自宅やスクールの前にもお菓子を用意し、かわいい泥棒さんたちが来てくれるのを楽しみに待っていました。
お菓子をもらう子どもたちは、「みいげつ、くださーい!」と元気よくあいさつをしたり、「ありがとう」のお礼も伝えてくれます。この地域にとってのお月見は、地域の人たちと楽しくコミュニケーションがとれる大切な日にもなっているのです。昨年は行事が中止となりましたが、またかわいい泥棒さんの姿を見る日が来るのが楽しみです。
現在は、スイッチひとつで電気がついたり、食べたいときに食べたいものを当たり前に手に入れることができたりと便利な時代です。昔は、夜になるとお月さまの明かりを頼りに生活や農作業をしていたといわれ、いかに実りの秋に感謝し、農作物を大切に思いながらこの「中秋の名月」を迎えていたのかがよく伝わってきます。
2021年の中秋の名月は9月21日です。今は、このような行事が残っている地域は少ないようですが、お月見をとおして、子どもたちに食物のありがたさや自然の恵みへの感謝の心を育んでいきたいですね。
<取材・文/石動敬子>
<参考/「緒方の年中行事」(緒方町立歴史民俗資料館)、「緒方町誌」(豊後大野市所蔵)、「緒方町の民族」(緒方町の民俗刊行会)、「佐伯史談」(佐伯史談会)
<写真提供/「緒方町誌」(豊後大野市所蔵/豊後大野市資料館より)、大分市役所、華どり(大分市大在)、坂ノ市こども園>
<取材協力/豊後大野市資料館、佐伯史談会>
石動敬子(いしないけいこ)
大分県在住。2児の母。キッズ食育マスタートレーナー。「夜ご飯はお菓子が食べたい」という娘のひと言がきっかけで、子どもたちに食の大切さを伝えていきたいと考える。幼少期の大切な時期に楽しく食と関われるチャンスをつくりたい、たくさんの経験をしてほしい、そんな想いで子どもに特化した食育活動を行う。
(社)日本キッズ食育協会認定 青空キッチン大分駅前スクール主宰。