―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(14)]―
東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチのシェフである夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落で、忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。《第14回》
自然派ワインの魅力は、つくり手の物語にある
私がぐんぐんナチュールワインの魅力に入り込んでいったのは、最初の飲食店を始めた12、3年前からでしょうか。
自分なりの解釈ですが、「ナチュールワイン」「自然派ワイン」と呼ばれているワインは、「農薬不使用の自然栽培のブドウと、ブドウそのものについている酵母とでつくるワイン」と思っています。それは、フランスでもイタリアでも日本でも。
ワイングラスを片手にワインのウンチクを語る、そんな世界は苦手だなーと思って敬遠していました。ところが、柔らかで本当に自由であり、興味深いつくり手によるたくさんの物語をもついきいきとした自然派ワインの魅力にすっかりはまってしまったのです。
お店でお客様に説明するときは、そのワインの味も説明しますが、それよりもつくり手さんがどんな人なのか、どんなワインつくりをしているのかを多く語るように心がけています。ワインがもつ物語が、よりそのワインをおいしくしてくれると感じているからです。
ピアニストから醸造家に。
エンジニアを辞めて醸造家に。
カメラマンだったけど醸造家に。
建築家だったけどいつの間にか醸造家に。
「あのブドウ生産者は、畑に機械を入れずに馬で畑をおこしてるんだって!」とか、「小さな村でワインをつくっていて、村人はボトル持参で買いに来るんだよー」とか、「このエチケット(ワインラベル)は家族が描いてるみたいよ」とか。
「満月や新月とか月の暦で農作業をしているんだって!」とか、「へー日本のナチュールワインもすばらしくおいしいねー!」とか、「ちょっと! このワインひと口目とずいぶん変わってきたよ」とか。
そして、そのようにつくられたワインは、私たちが育てた野菜や料理にとても合うと思っています。春の野菜や山菜の苦味、夏の太陽の下で枝で完熟させてから収穫した野菜の甘さ、小さいながらも濃い味のする野菜たち。
ワインは料理に合わせお出しするもの、と思っていた私たちが、まさか自分たちでもナチュールワインをつくりたい!とブドウ畑をはじめるとは!!!
人生を楽しく笑って終えるために始めたワインづくり
そのきっかけは、第3回の「東京、熊本市を経て限界集落へ移住。震災で考えたこと」でも書いたように、熊本地震をきっかけに、やりたいことをやってみようと思ったことからです。
当たり前ですが、今までは転職やお店やなにかをする際は、投資にいくらかかりどのくらいの期間で回収できるかと計算して、それでもドキドキしながらスタートしていました。ところが熊本地震にあい、計算はもちろん予想もしなかったことで、当時のお店を閉めることになりました。あんなに毎日毎日、真面目にがんばってきちんと働いてきたのに、と。
そこから考え方が変化しました。もちろん最低限の計算や回収の算段は取りますが、それ以上に思ったのです。なにかを行うことでいつまであるかわからない人生や日々に、どれだけ輝きが出るのか、それをすることによって、どれだけの人々と楽しく関われるのか、道半ばにして人生が終わるとしても笑ってその時を迎えられるか、と。
そして私たちは産山村でワイン用のブドウを育て始めたのです。
農業素人の私たちが「いつかワインをつくりたくって、ワイン用ブドウを育てています」と言うとホントに??と思う方も少なくありません。当の私たちもホントかなー?と30回に1回は笑ってしまうときもありますが、本当です。でも今は1400本のブドウ畑になりました。
ワインづくりやブドウ栽培は100年単位の大仕事
ブドウの苗木はそこそこ高いです。ブドウのための支柱1400本、柵仕立てのブドウの枝をはわせるためのワイヤーを張る支柱の鉄パイプも500本、その鉄パイプにワイヤーを固定するための金具も2500個、張り巡らせたワイヤーも7キロメートル。必要なものは多く、実際お金はかかります。
大きな作業のタイミングではさまざまな方に手伝ってもらいましたが、基本は2人で黙々と、ときにはケンカしながら笑ったりしながら作業をしています。数年後に無事にブドウがなり、又数年後にワイン醸造ができたとしても、そう簡単に回収できる投資ではありません。減っていく数字にドキドキもします(笑)。
今までの私がしてきたデザインやセレクトショップの仕事は、やった内容に対してすぐ結果が出て対価が得られるというものでした。それに対して、農薬不使用&化学肥料不使用の畑の土づくりや野菜づくりやブドウ栽培は、長い長い時間が必要ですし、結果が必ずしも見合った金額として返ってくるとは限りません。
最初は戸惑い不安に思う事も多々ありましたが、毎日、土に触れ、野菜や植物の成長を見、収穫したものを料理したり食べたり・・・それを繰り返しているうちに「なんとかなる!」と思えるようになったのです。
農薬不使用&化学肥料不使用でのワインづくりがしたいのは、人が調整して造った味ではなく、その土地がもつ力や味をブドウの木の根から吸い上げて、ワインにした時に表現できたらいいなと思ったからです。それは野菜をつくるときも同じ考えでやっています。
とは言え、高温多湿の日本の産山村の気候がワイン用のブドウつくりにすごく合っているわけではないので、どの品種が土地や気候に合いそうか十数種類の品種を植えています。農薬不使用の畑なので虫もいますし、その虫を狙ったカエルもたくさんいます。ブドウ畑ではてんとう虫も多く見ます。
そういったワインやブドウ栽培が村でも広がり、いつかさまざまな物語がたくさんの人々を産山村にひき寄せて、フランスや海外のブドウ畑のように、家族や親族などでなくてもブドウ&ワインづくりが引き継がれて、100年単位で続いていくことになるといいなぁと思ってます。
そのためにも、移住してきた私たちが楽しくたくましく続けていく事が、とても大事なことだと感じてます。
折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストラン「Asoうぶやまキュッフェ」を営んでいる。