―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし(16)]―
東京生まれ東京育ち、田舎に縁のなかった女性が、フレンチのシェフである夫とともに、熊本と大分の県境の村で農業者に。雑貨クリエーター・折居多恵さんが、山奥の小さな村の限界集落で、忙しくも楽しい移住生活をお伝えします。
肝心の料理メニューはどうするの?
私たちのお店「asoうぶやまキュッフェ」では、自分たちで育てたオーガニック野菜とハーブとジビエの料理を楽しんでもらっています。メニューは、潔くコース2つのみの完全予約制です。でも、最初からすんなりとメニューが決まったわけではありません。
限界集落に移住し、牛小屋をお店にした。さぁお店はできた! さてさて肝心なメニューはどうする? オープン予定の日は刻々と迫り、毎日、お店の細かい施工作業を自分達で行いながら、会話といえばメニューのことばかり。
シェフでもある主人はのん気に大丈夫だよ~と言います。しかし、ギリギリであせるのは長い結婚生活からよく知っているので、ことあるごとにどうする? と問いかけるのが私の役目。
料理が決まらなければ、価格やお皿も決まらないじゃないか!!! 更に、こちらはメニュー表づくりや告知があるんだからー! という思いでした。
とはいえ、東京ではフレンチレストラン数軒で経験を積み、その後、熊本地震までは熊本市内に客席40~50人キャパの自分のお店を10年弱続けてきた夫。
以前のお店は、カジュアルに「シェフが居るカフェ」をコンセプトにしていました。そのお店でも可能な限りオーガニックな素材を使い、プロの腕で本格的な料理をリーズナブルに提供していたので、過去の経験から人気の料理をあげるのは比較的簡単なことでした。
しかし、メニューを書き出してみる。そしてじっくりと眺める。うーん、おもしろくない!なんかワクワクしない!!
この場所で食べてもらいたい料理って、なんだろう?
そこで、もう一度じっくりと話し合って考えました。お客様が遠くから数時間ドライブして、やーっと山奥の店までたどり着き、牛小屋を改築したこのキュッフェで食べたいものはなんなのか!? 味わいたいものってなんなんだろう?
産山村内や近隣にないものを、わざわざ業者に頼んで遠くから取り寄せて料理にするのが、ここでやりたいことなのかな?
そこでハッと気がつきました。
「レストランだから」「料理だから」ということを意識し過ぎていないかな、と。それは、土づくりからこだわっている畑や、野菜やブドウづくりに対する考え方とかけ離れているのでは、と。
レストランを意識し過ぎたメニューのために、遠くから食材を取り寄せて料理をするのではなく、基本的に自分たちの畑で育てたオーガニック野菜やハーブだけを使おう!
業者に頼むブランド豚や牛や鶏などではなく、処理の仕方や調理法でクセをなくせば、スッーと体に入るおいしさをもつ近隣地域のジビエ肉を使おう!
つまり、野菜が持つ本来の味や、自然の中で生きてきた肉のおいしさをたっぷりと味わってもらおう!!! と思ったのです。
ちなみに飲食店は、ジビエの食肉処理場で購入した肉しかお客様に提供でません。私たちは、以前住んでいた山都町にある処理場から仕入れています。半年間住んでいたときに、ジビエのさばき方を教えてくれた、いわばジビエの師匠がそこにいます。お店をオープンする少し前に処理場ができたので、タイミングがよかったのです。
自家栽培のオーガニック野菜と、信頼できるところから仕入れたジビエ肉でつくる料理。そして忘れてならないのは、ここからの景色! これもごちそうのひとつになります。
asoうぶやまキュッフェの大きな窓から見える景色は、V字にパースのついた緑濃い木々と山。空気がすんできれいなときには、そのV字の向こう側には祖母山が見えます。熊本県から大分県越しに、宮崎との県境の山が見える絶妙な立地なのです。
この大きな四角の窓が額縁のようで、そこから見たら「いつもの景色が素晴らしい景色だったと気がついた」とお隣のお母さんも少し照れながら言った景色です。
ゆったりとした時間のなかで楽しむ会話もスパイスに
おいしい料理を味わってもらうのはもちろんのこと、ゆっくりとした時間の流れのなかでの会話も楽しんでほしいと思って接客しています。一緒に来たお友達と、家族と、大事な人と。そして私たちとの会話。
この地で栽培した野菜たちがもつストーリーや生い立ち、ワイルドかつ繊細に薪火で焼くジビエ肉のおいしさの秘密が、さらに食事をおいしくさせるスパイスになればと思っています。たとえば、生産者ならではの野菜の話として、育てる際の苦労や種の性格や、こんな食べ方をしたらおいしかった、などなど。
最近では食べられる花=エディブルフラワーがマイブームでたくさん料理に使っています。野菜の花を食べたことはありますか? ルッコラの花を食べたらそのルッコラの味がして、カブの花を食べたら甘味のあるカブの味がして本当においしいのです。
見た目はかわいく美しく、食べたらおいしい花たち。お皿をきれいにデコレーションしてくれます。お客様のテーブルに出したときもわぁーと歓声が上がります。
また、デザートに使う卵や牛乳も、近隣から自分達で探したお気に入りのものを使っているので、そんな話をお客さんにお伝えしたり、プロの料理人ならではの料理の話もしています。たとえば、イノシシや鹿肉の特徴やうま味の引き出し方や、薪火で焼くおいしさ、さまざまな野菜の保存食についてなども。
そして、移住の者ならではの驚きやおもしろい経験も、笑いを交えつつ楽しんでもらっています。コロナ禍でマスクを着用し、会話も少し減らしながらの営業となりましたが、やはり来ていただいたお客様には料理も景色も会話も空気も水もすべて満喫して、リフレッシュして帰ってほしいと思っています。
―[東京のクリエーターが熊本の山奥で始めた農業暮らし]―
折居多恵さん
雑貨クリエーター。大手おもちゃメーカーのデザイナーを経て、東京・代官山にて週末だけ開くセレクトショップ開業。夫(フレンチシェフ)のレストラン起業を機に熊本市へ移住し、2016年秋に熊本県産山村の限界集落へ移り住み、農業と週末レストラン「asoうぶやまキュッフェ」を営んでいる。