首都圏から山口県萩市に移住した石田洋子さんは、その翌年から、地元民の暮らしぶりを紹介するリトルプレスの発行を始めました。仲間を募ってゼロから制作を始め、1年に1冊の刊行を5年間継続中です。リトルプレスの魅力について、石田さんにお話を伺いました。
地元民には当たり前すぎる魅力を発信したい
自由なテーマでつくる冊子「ZINE」や「リトルプレス」は、商業雑誌とは別に昔からある小さな情報発信方法。SNSが普及した今も、そのムーブメントは確かな熱量をもって続いています。日本全国各地に、渾身のローカルマガジンはたくさんあり、それらを手にすることで、知らなかった場所や地名を身近に感じ、旅気分にひたることができるのです。
2017年に移住した私は、引っ越しと同時に萩市地域おこし協力隊に着任し、新しくオープンした観光施設で活動していました。萩市は「明治維新胎動の地」として、歴史的に有名な観光スポットがたくさんあります。観光施設には、観光案内のパンフレットがたくさんあり、もちろん、それらは求められている情報なのですが、萩市の魅力は、そこだけじゃない、むしろ日常の風景や暮らしのなかにこそ、あると感じていました。
地元民にとっては当たり前すぎて魅力には感じないところも、移住者の目線では、すごく新鮮でステキに感じられるものがたくさんあります。有名な観光地ではなくて、もっと日常や暮らしの空気感を伝えるようなリトルプレスをつくりたいという思いが、ふつふつとわいていました。ただ、それをどう実現していいのかわからず、悶々と過ごす日々が続いていたのです。
時を同じくして、似たような思いを抱えていた人たちがいました。NPO萩まちじゅう博物館で活動する山本明日美と、当時、ゲストハウスのスタッフだった松田澪衣菜、そして、地域おこし協力隊の先輩で産休中だった河津梨香です。最初の半年ほどは、存在を知っている程度で、ほとんど面識がなく、同じ思いを抱えていたことなど知る由もありませんでした。
その後、紹介してもらったりして、ついに語り合う機会ができました。旅人や地元の人が集い、交流の場となっているゲストハウスrucoで、年齢も仕事もバラバラの移住経験者同士、その思いを聞くことができました。それぞれが旅先で手にしたお気に入りのリトルプレスを手に、「こういうものがつくりたい」という取り留めのない話をしましたが、実現の糸口はつかめないままでした。
その後もあちこちで「リトルプレスをつくりたい」と言い続けていると、チャンスが訪れました。地域おこし協力隊で、萩市ふるさとツーリズム推進協議会の事務局として農泊を担当している宮崎隆秀さんが、「協議会の事業として、農泊の販促にもなるリトルプレスをつくろう」と声を掛けてくれたのです。突然、実現に向けて舵を切ったリトルプレス。とりとめのない願望から、予算がつき、創刊に向けてスタートすることに。これが、2018年1月のことです。
思いはあっても進まない制作に四苦八苦
コンセプトとなる思いは共通でした。ひかりを集める、次につなげる、単体では価値がわかりにくくても、つぎはいでみたらもっといいものになることもある、それぞれが感じる萩の魅力・人の想いを集め、つぎはぎ、次につなげていこう、そんな思いと、暮らしを次世代につなぐ希望を込めて、リトルプレスのタイトルは『つぎはぎ』と名づけました。
山口県萩市とその周辺の多様な魅力を届けることで、さまざまな場所や人がつながるきっかけになれたら。そして、単純に、読んだ人に「次は、萩に行こう」と思ってもらえるように。
ここまで話し合いましたが、その先が、なかなかまとまらず…。まだまだ、お互いが自信をもてずに様子見をしているような状態。いざ、なにもないところから1つのリトルプレスを創刊するとなると、雲をつかむような状態になってしまいました。
その道のプロフェッショナルにアドバイスをもらおうと、なんのツテもないなか、自分たちが気になるローカルメディアをつくっている方々へ「お問い合わせ」窓口に「創刊までのアドバイスいただけませんか?」とメールを送ってみる日々。返信いただけないことがほとんどでしたが、お返事をくださった方のなかから救世主が現れました。
「パートナーが山口県萩市と同じ中国地方の山陰・島根県出身だから」という理由で、とても良心的な価格でオンラインでの取材や編集講座、創刊までのMTGの伴走、アドバイス、神戸から萩へのツアーを開催し、創刊イベントの登壇まで買って出てくださった、ユブネの東義仁さんです。
オンラインMTGで、それぞれのやりたいことを語っているうちに、共通する軸の部分と、趣向や興味関心の異なっている部分とあることがわかり、その『つぎはぎ』というタイトル通り、それぞれが担当ページを持って好きな企画を実現してはどうかとアドバイスいただくと、妙にスッキリし、具体的に撮影や取材に動き出すことができたのです。
『つぎはぎ』のロゴやイラストは、メンバーがInstagramで気になっていたNaokoさんにお願いし、表紙写真は山口県で活動する写真家の谷康弘さんに撮っていただきました。移住の翌年の2018年7月1日、何度も打ち合わせに使わせてもらったゲストハウスrucoで、ユブネの東義仁さんと山森彩さんをゲストに創刊イベントを開催。夢のようにワクワクした時間でした。
編集メンバーは肩書無しのフラットな関係
つぎはぎ編集部のメンバーはプロフィールも活動内容もさまざまです。(写真左から、松田澪衣菜、私(石田洋子)、山本明日美、河津梨香の4人)
出会った当初はゲストハウススタッフだった松田澪衣菜は、学生時代に萩のゲストハウスで住み込みのお手伝いをして萩に魅了され、2016年に移住しました。ゲストハウススタッフを経て、福岡のデザイン会社でリモートサラリーマン(専門はウェブ広告)をし、2021年末から約1年間ワーキングホリデービザでオランダに滞在。写真を撮ることも見ることも好きで、芸術、文化、歴史から社会、経済まで広く浅く、なんでも興味があります。
山本明日美は、大学時代、卒論の研究対象として萩に出会い、建築や都市計画の視点で萩に携わり、まち全体を屋根のない博物館に見立て、そこにあるモノ・コト・景観を守り生かす「萩まちじゅう博物館」を仕事に選びました。萩のもつ魅力やストーリーを伝えることで、多くの人に萩をおもしろがってほしい!と、地域のおたからマップ制作や、まち歩きガイドプログラムを開発、リトルプレスづくりにも取り組む中学生男子の母です。
地域おこし協力隊の先輩、河津梨香は山口県上関町の島で生まれ育ち、広島で編集ライター業をしていました。2015年に地域おこし協力隊になったことをきっかけに萩市へ移住し、夫婦で「はぎまえ698」を起業。農泊や日本酒E-bikeツアーなど、地域を拠点とした体験プログラムを提供したり、いろいろな媒体に携わります。夫と娘と農村暮らしで、普段使う食材はほぼ、生産者の顔が見えるものです。
そして、私、石田洋子は萩市の古民家に出合い2017年に移住。農家で働きながらライター活動をしています。「つぎはぎ農園」と名付けた自宅の蔵で、民泊や自然の恵みを活かした手仕事体験(竹紙ランプシェードづくり、草木染め、畑の大豆でみそづくり、酒粕活用ワークショップ)を提供。フリーペーパー専門店「ONLY FREE PAPER」の萩拠点でもあります。小学生二人の母です。
つぎはぎ編集部は大きな特徴として、肩書がまったくなく、編集長という立場も設けていないということがあるかもしれません。趣味趣向もピッタリというわけではないけれど、「いい」と感じるものが近い。お互いが「この分野なら、この人」という信頼関係があるように思います。
フラットな立場だからこそ、得意なことを制限なく発揮できて、1人では気づけないことに気づくことができるというチームのおもしろさがあり、絶妙なバランスで歩んでこられたのかなと思います。
年に1~2号のゆっくりペースながら、『つぎはぎ』の発行を通して、いろいろなご縁が生まれ、暮らしが鮮やかになったと実感しています。気付けば5年目に入って、もはや移住者というよりも地元民の目線や感覚になり、ライフステージも変わってきました。これから『つぎはぎ』がどのように変化していくか、どこまで続けられるのか、だれよりも楽しみにしているのは、この4人かもしれません。
<文・写真/石田洋子>
石田洋子さん
2017年、山口県萩市に移住。「つぎはぎ編集部」で活動しながら、各種媒体で萩とその周辺の暮らしや環境、文化、ニュースを伝える。2020年、自宅の蔵を改装し、泊まれるフリーぺーパー専門店「ONLY FREE PAPER」HAGIをオープン。民泊や体験を提供しています。